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会長声明・決議・意見書(2017年度)

神奈川県消費生活条例の見直しに関する意見書~勧誘拒絶の意思表示と「訪問販売お断り」ステッカーについて~

2017年06月09日更新

 当会は,2016年10月21日付「神奈川県消費生活条例の見直しに関する意見書」において,神奈川県(以下「県」という。)が取り組む神奈川県消費生活条例(以下「条例」という。)の見直しに関し,とりわけ重要と考える不招請勧誘禁止条項の導入等,適格消費者団体との連携の位置づけについて,消費生活に関する情報の収集と提供についての3つの論点につき,意見を述べた。

 現在,悪質な訪問販売の被害は,県内においても依然深刻な状況が続いており,このような深刻な被害を早急に防止する必要がある。

 そこで,本意見書においては,前記3つの論点のうち,特に不招請勧誘禁止条項の導入等に関し,いわゆる「訪問販売お断り」ステッカーの貼付が,消費者による訪問拒絶の意思表示に該当することを条例の文言上明らかにすべきであるとの点につき,改めて整理し,意見を述べる。


 

第1 意見の趣旨

 消費者が,玄関やマンションの入り口等に「セールスお断り」又は「訪問販売お断り」のステッカー(いわゆる「訪問販売お断り」ステッカー)を貼付することは,訪問拒絶の意思表示に該当することを,条例の文言上明らかにすべきである。

第2 意見の理由

  1.  現行条例の規定とその問題点

     現行条例第13条の2は,「事業者は,消費者に対し商品等の売買又は提供に係る契約(以下「商品売買契約等」という。)の締結について勧誘しようとして,消費者に迷惑を及ぼし,又は消費者を欺いて消費者に接触する不当な行為として別表第1に掲げる行為をしてはならない。」と規定し,これを受けて別表第1の第1項は,「消費者が拒絶の意思を示したことに反して,目的を偽り若しくは秘匿して,又は迷惑を覚えさせるような方法で,消費者の住居,勤務先その他の場所を訪問すること。」を,指導・勧告又は公表の対象となる不当な行為として掲げている。
     しかし,この規定では,消費者が「訪問販売お断り」ステッカーを貼った場合が「拒絶の意思を示したこと」に該当するのか否かが明らかではなく,解釈上争いの余地がある。
  2.  訪問販売被害の実態

     全国消費生活ネットワークシステム(PIO-NET)によれば,2008年の特定商取引法改正以降,家庭訪問販売の相談件数は増加傾向にあり,とりわけ60歳代以上の高齢者の相談件数が半数以上を占めている。県内の被害実態をみても,高齢者の年度別相談内容の上位10位のうち,家庭訪問販売は平成25年から平成27年度まで4位であり,やはり高い割合を占めている(「平成27年度神奈川県内における消費生活相談概要」)。これは,訪問販売の被害が依然深刻であり,とりわけ断る力が低下した高齢者が被害に遭うケースが多いことを示している。
     住居という閉鎖的な空間で,不意打ち的に行われる訪問販売においては,事業者による勧誘行為が一旦始まってしまうと,消費者が冷静な判断力をもって契約を拒否することは難しく,契約をしないと事業者が帰ってくれないように感じた消費者が根負けして契約に至ってしまうこともある。また,勧誘を望まない消費者にとっては,事業者に住居を訪問されること自体が,生活の平穏を侵される行為にほかならない。さらに,消費者の拒絶の意思表示が口頭でなされたとしても,録音等がなければ検証は困難であり,事業者に言い逃れの余地を残すことになる。
     そこで,訪問販売による消費者被害の発生を防止するためには,事業者は訪問販売を拒絶する旨の意思を表示している消費者の住居をそもそも訪問してはならないとの規定を設けるとともに,消費者が容易かつ明確な形で拒絶の意思を表示することを可能とすることが重要である。
  3.  「訪問販売お断り」ステッカーの有用性

     この点,「訪問販売お断り」ステッカーを玄関ドアや門扉等に貼ることは高齢者にとっても容易である。また,ステッカーの貼付により,事業者にとっても消費者の拒絶の意思が明確となり,消費者とのトラブル回避に繋がる。そして,口頭による拒絶の場合と異なり,ステッカーの内容や貼付の事実は客観的に明らかであり,事実認定も困難ではない。
     このように,「訪問販売お断り」ステッカーの貼付を「拒絶の意思を表示したこと」に含めることは,消費者の保護に繋がるとともに,事業者にとってもメリットがある。
     したがって,現行条例別表第1第1項に,「消費者が拒絶の意思を示したこと(「訪問販売お断り」ステッカー等により意思を表示している場合を含む)に反して・・」等の文言を追加することにより,消費者が「訪問販売お断り」ステッカーを貼った場合が「拒絶の意思を示したこと」に該当することを,条例上明記するべきである。
  4.  反対意見について
    1.  この点,拒絶の意思表示に「訪問販売お断り」ステッカーの貼付を含めることは,消費者が望まない営業行為だけではなく,消費者が望んでいる営業行為までも禁止されることになるのではないかとの反対意見が考えられる。
       しかし,「訪問販売お断り」ステッカーの貼付は,いかなる事業者であっても訪問を望まないという消費者の意思表示である。ある事業者については訪問販売を望まないが,ある事業者については訪問販売を望むという消費者は,そもそもステッカーを貼付しないという対応が可能である。また,消費者が業者に訪問を希望する場合や,取引形態からして訪問販売を拒絶していないと認められる場合(御用聞き販売のように継続的な訪問販売をしていたケース等)については,訪問販売の禁止規定の適用が除外される旨の規定を設ければ,特に弊害が生じることはない。訪問販売を規制する特定商取引法でも,上記のような消費者の請求による訪問販売や御用聞き販売等については適用除外と定めており(法26条5項1号2号,施行令8条),これを参考にすれば立法技術的に困難とは考えられない。また,現行条例の別表第1第1項に,「ただし,消費者の事前の承諾がある場合は除く」等の文言を加えれば,上記のような反対意見が危惧する事態は容易に回避できる。
    2.  次に,世帯内では訪問販売を受けたいと思っている消費者がいる場合,そのような消費者にとって不利益となるのではないかという反対意見が考えられる。
       しかし,訪問販売お断りのステッカーを玄関や門扉等に貼付する行為は,通常その世帯全員の意思と解するのが相当であるから,世帯内に訪問販売を拒絶していない消費者がいる可能性があるかどうかを考慮する必要はない。
       この点について,例えば北海道消費生活条例は,不当な取引方法の逐条解説において,「勧誘拒絶の意思表示は口頭であっても文書であってもよい。玄関やマンションの入口に『セールスお断り』又は『訪問販売お断り』というステッカーを貼付することは,当該住居棟に居住している全員が訪問による販売活動を拒絶する意思表示をしているものと解される」としている。
    3.  また,「訪問販売お断り」ステッカーを貼付した場合であっても,勧誘時の掲示の有無,掲示場所,掲示内容,個々の消費者の意思など事実認定が難しく,事業者の営業行為に萎縮効果を与えることにもなるのではないかという反対意見も考えられる。
       しかし,ステッカーの内容,貼付の事実は客観的に明らかであり,口頭での拒絶の事実のほうが,はるかに認定が困難である。そして,「訪問販売お断り」ステッカーを貼付した消費者の意思表示の内容も極めて明確である。事業者は,「訪問販売お断り」ステッカーを貼付している世帯には訪問販売を行わず,貼付していない世帯に訪問販売を行えばいいのであるから,その基準は明確であり,事業者の営業行為に萎縮効果を与えることはない。
  5.  各地の動向

     「訪問販売お断り」ステッカーの貼付が,特定商取引法第3条の2第2項の「契約を締結しない旨の意思」の表示に該当するか否かについては解釈上争いがあるものの,地方自治体がその消費生活条例において勧誘禁止を定め,その解釈としてステッカーも拒否に該当するという解釈をとることは当然に可能であると解されている(消費者庁平成21年12月10日通知書,特定商取引法ハンドブック第5版161~163頁)。
     この点,奈良県においては,2017年4月から,条例の指定告示で,訪問販売お断りの張り紙を無視した訪問勧誘が,県消費生活条例で禁止する「不当な取引行為」にあたることを明記し,事業者が訪問販売お断りステッカーを貼付した家庭を訪問した場合には,条例違反にあたり,違反した場合は勧告ができ,勧告に従わない場合は公表の対象になるとした。また,前述の北海道消費生活条例のほか,大阪府,京都府,兵庫県等では,条例の解釈や事例集で,同様の措置が講じられている。市区町村では,堺市(施行規則),熊本市(条例,努力義務規定),葛飾区及び国分寺市(区長ないし市長が,被害救済委員会の意見を聴いた上で定める不適正な取引行為の基準)等において,「訪問販売お断り」ステッカー等の貼付が消費者の拒絶の意思表示に当たることが定められている。
     その他,条例の規定は別としても,独自の訪問販売お断りステッカーを作成し,普及推進に努めている自治体や弁護士会は多い。
  6.  まとめ

     当会においても,2017年5月,独自の「訪問販売お断り」ステッカー及びリーフレットを作成し,普及推進に努めているところである。「訪問販売お断り」ステッカーを作成しても,条例において同ステッカーを貼付した消費者への訪問販売の禁止が明示されなければ,不当な訪問販売による被害の未然防止のためには十分とは言えない。ついては,県においても,各地の動きに遅れることなく,「訪問販売お断り」ステッカーの普及推進に努めると共に,同ステッカーの貼付が訪問拒絶の意思表示に該当することを,条文の文言上明記されたい。

以上

2017(平成29)年6月8日
神奈川県弁護士会
会長 延命 政之

 
 
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