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会長声明・決議・意見書(2018年度)

生活保護法63条の費用返還義務について破産免責の対象から除外し、保護費からの天引き徴収を可能とする生活保護法改正案に反対する会長声明

2018年05月11日更新

  1. はじめに

    政府は平成30年2月9日、「生活困窮者等の自立を促進するための生活困窮者自立支援法等の一部を改正する法律案」を提出した。

    同法案には、生活保護法(以下、単に「法」という。)の一部改正が含まれているところ、生活保護世帯から大学等に進学する際の進学準備給付金を新設するなど、制度改善というべき内容も含まれているが、他方で払いすぎた保護費を返還させる法63条の費用返還義務について、「国税徴収の例により徴収することができる」との法77条の2第2項を新設して回収を強化し、破産しても免責されないようにするとともに、法78条の2を改正して保護費からの天引きを可能にするという内容が含まれており、これらの点は到底容認できるものではない。

  2. 生活保護法上の費用返還義務

    生活保護法は、保護費を払いすぎた事情に応じ、63条又は78条に基づいて保護費を返還させるものとしている。

    法78条の費用返還義務は、「不実の申請その他不正な手段により保護を受け」たとき、つまり保護利用者に収入を故意に隠すなど不誠実な行為があったときに、受けるべきでなかった保護費を返還するものであって、損害賠償請求権の性格を持つ。

    他方、法63条の費用返還義務は、「急迫の場合等において資力があるにもかかわらず、保護を受けたとき」、つまり流通性に乏しい不動産など換金困難な資産が保護利用後に現金化された場合や福祉事務所の計算ミスによる生活保護費の払いすぎの場合などに、受けた保護費を返還するものであって、保護利用者に不誠実な行為はなく、不当利得返還請求権の性格を持つ。

  3. 破産免責の対象から除外することの問題点

    この度の改正案は法63条の費用返還義務について「国税徴収の例により徴収することができる」との法77条の2第2項を新設し、破産免責の対象から除外するとしている。

    破産法は「経済生活の再生の機会の確保を図ること」(同法1条)を目的としており、個人が破産したときには、特に不誠実な行為がない限り裁判所の免責許可決定を得られ、残った債務の支払いを強制されずに済む(同法253条1項)。破産者の経済的再生、いわば「ゼロからの再スタート」のチャンスを与えるためである。

    しかし、例外的に「国税徴収法又は国税徴収の例によって徴収することのできる請求権」は租税収入確保という政策目的から免責されない(同法148条1項3号、97条4号、253条1項1号、98条1項、国税徴収法8条)。

    現在も、法78条の費用返還義務は「国税徴収の例により徴収することができる」(同条4項)ものとされ、破産しても免責されないが、法63条の費用返還義務は保護利用者に不誠実な行為がなくとも生じうるものであり、苛酷な徴収はそぐわない。免責の効果が及ばないことで、破産しても「マイナスからの再スタート」を余儀なくさせることは、保護利用者の「自立を助長することを目的とする」(法1条)生活保護制度の基本理念にも、破産法1条の目的にも反する。

  4. 運用の実態と法改正による懸念

    また、法77条の2第2項の新設により国税徴収法による滞納処分が可能となることで、憲法25条及び法の目的、趣旨に反した福祉事務所による違法な回収が頻発することも懸念される。

    法63条の費用返還義務は、当該世帯の自立更生に資する場合には柔軟に返還免除が認められる性質のものであるが(生活保護手帳別冊問答集問13-5)、実際には福祉事務所がこうした検討を怠って安易に全額の返還決定を行う例が多く、かかる返還決定を違法とする裁判例も多数存在する。

    国税徴収法に基づく滞納処分が可能となると、返還決定が違法であっても保護の実施機関が裁判所の判断を経ることなく差押えを行えるようになり、預貯金や保有を認められた居住用不動産、通院・通勤のための自動車などに対する差押えが行われるおそれがある。

    このような懸念が現実化すれば、生活保護利用者は健康で文化的な最低限度の生活を下回る生活を余儀なくされることになってしまう。

  5. 保護費からの天引きを認めることの問題点

    さらに、法78条の2は、法78条の費用返還義務について、保護利用者に支給する保護費からの天引きを認めているのであるが、今回の改正案は、法63条の費用返還義務についても同様に保護費からの天引きを可能にするとの内容を含んでいる。

    保護費の基準は「最低限度の生活の需要を満たすに十分なものであつて、且つ、これをこえないものでなければならない」(法8条2項)から、支給される保護費は保護利用者の生活に必要最低限の額にとどまる。

    この保護費からの天引きを認めることは、保護利用者に最低限度未満の生活を強いるものであり、また法63条の費用返還義務は保護利用者に不誠実な行為がないときを対象としていることを考慮すれば、到底容認できるものではない。

    保護費からの天引きには条文上、生活保護利用者の申出が必要とされているが、これが歯止めになるとは考えられない。福祉事務所から天引きに応じるよう求められたとき、弱い立場にある生活保護利用者がこれを拒むことは容易でないからである。

  6. 結論

    以上のとおり、生活保護法改正案のうち、法63条の費用返還義務について77条の2第2項を設けて破産免責の対象から除外し、国税徴収法に基づく滞納処分を可能とする点、78条の2を改めて保護費からの天引き徴収を可能とする点は、破産免責制度の根幹に反する「マイナスからの再スタート」を強いるとともに、不誠実な行為がない生活保護利用者の生存権を侵害してその自立を阻害するものであるから、反対する。

以上

2018年(平成30年)5月10日
神奈川県弁護士会         
会長 芳野 直子      

 
 
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