横浜弁護士会新聞

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2001年8月号(1)

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 去る六月一二日、司法制度改革審議会の最終意見書が内閣に提出された。日本の司法制度に約百年ぶりの抜本改革を迫る内容であり、開かれた司法に向けて我々が受ける影響もことのほか大きい。ここでは、今後立法化の過程で焦点となりそうな事項を中心に、簡単なコメントを加えながら紹介する。
司法改革推進委員会委員長  藤村 耕造
裁判員制度 ―刑事裁判への市民参加―
 意見書では刑事裁判について「裁判員」制度を提唱している。
 裁判官と協同で量刑まで関与する点では参審的であるが、他国の参審制度では任期制をとっているのに対し、事件ごとに選任するとされており、いわば「事件ごと参審」とも言うべき独特の提言であるが、奇しくも当会若手会員がまとめた第一八回日弁連シンポ報告書の結論と同趣旨である。
 裁判官と裁判員の人数比の問題や、裁判員の選出方法に適切な人材を確保するための何らかの工夫をするか、などの点が今後の焦点となるだろう。「裁判員」が実現すれば、連日開廷が原則になり、弁護人も対応を求められることになろう。
裁判の迅速化 ―民事裁判の審理期間半分に―
 意見書では、民事訴訟の審理期間の概ね半減を目標とすべきとしているが、実現のための決定的な具体策は示されていない。ただ意見書で明記された以上、単なるスローガンにとどまることはないだろう。何らかの具体策を打ち出さない限り、短縮の方針のみがひとり歩きして、一律、形式的な計画審理が進められるおそれもある。弁護士会の積極的な対応が期待されるところである。
法曹人口の拡大 ―5万人規模へ―
 平成二二年(二〇一〇年)には合格者年間三〇〇〇人を達成し、概ね平成三〇年(二〇一八年)ころには実働法曹人口五万人規模に達することが見込まれるとしている。
 最終的目標五万人は予想された数値である。ただ、現状程度の法曹人口のままただちに年間三〇〇〇人体制をとるとすれば、研修所教官、実務修習の担当者、さらには法科大学院の実務教員の数の点で限界を超える心配が残る。かといってこうしたプロセスでの教育の容量に限界が出てくれば、後述する「バイパス」経由者を増員するなどして、いびつな解決が図られる可能性もある。
 要は、どのような状況になろうとも、弁護士の能力に関する情報に乏しい市民を犠牲にさせないという点を基本に据え、できる限り法曹の質の低下を招かぬよう努力を重ねていくほかない。
司法試験のバイパスと企業法務の特例
 法科大学院制度については、平成一六年(二〇〇四年)学生受け入れを目指して整備されるべきだとしている。同大学院修了が司法試験の受験資格となり、合格率は修了者の七〜八割とされている。
 法科大学院制度はすでに始動しており、当会もその壮大な実験に関与することになっている。
 問題は、「既に実社会で十分な経験を積んでいるなどの理由により法科大学院を経由しない者にも、法曹資格取得のための適切な途を確保すべき」として、司法試験のバイパスを認めている点である。
 仮に企業法務担当者などがこれにあたり、法科大学院を修了することを要件とされないことになると問題がある。この意見書では、別途企業法務の特例として、司法試験合格後の司法修習免除制度を設けるべきとしているからである。いわば、企業法務担当者は法科大学院に行かず、修習も行わないまま、企業内での実務経験だけで法曹資格取得ができることになるかもしれない。
 意見書では、法曹に対して、企業活動が法的ルールに従って行われるよう助力し、「法の支配」を実現する役割を期待しているのだが、企業内で養成された法曹に、企業にとって耳障りな直言をあえてする役割を期待できるだろうか。もし、企業内養成で足りるというのであれば、わざわざ莫大な社会的費用をかけて新たな法曹養成制度を作り上げる必要があるのだろうか。もちろん、倫理、法廷実務などの点での問題も残る。中間報告にはなかった新たな提言であり、今後とも検討が必要となるだろう。
刑事司法制度改革
 意見書では、刑事訴訟について、準備手続、連日的開廷の確保等を提案し、裁判所の訴訟指揮の実効性確保を担保するための措置の検討を求めている。
 弁護人が個々の刑事事件に専従できる体制を確立するために、「常勤の弁護士等が刑事事件を専門的に扱うことができるような体制を整備」するよう求めている点については、そうした制度が刑事弁護の本質になじむものであるかという観点からの反対論も根強い。
弁護士費用敗訴者負担
 意見書では弁護士費用敗訴者負担の導入が打ち出されたが、同時に「この制度の設計に当たっては……不当に訴えの提起を萎縮させないよう、これを一律に導入することなく、このような敗訴者負担を導入しない訴訟の範囲及びその取り扱いの在り方、敗訴者に負担させる場合に負担させるべき額の定め方について検討すべきである」としている。当会は導入反対の声明を出しているが、同制度採用を前提として立法作業が行われることになった場合、「不当に訴えの提起を萎縮させない」ような制度設計について当会として提言を行うのか、またこれを行うとした場合の具体的な内容などについて、至急検討が行われる必要がある。
法曹一元制度の不採用  職業裁判官制度の改革
 日弁連が今回最大の目標のひとつとしていた法曹一元制は結局採用されなかった。
 ただ、現行職業裁判官制度の枠内での改革の提言はなされている。なかでも特例判事補制度の段階的解消が打ち出された点は注目される。
 また、判事補に弁護士、検察官等他の法律専門家の職務経験を積むことを担保する仕組みを提唱している。
 こうした改革を通じて、裁判所の風通しが従来にも増してよくなることが期待される。
―最終意見書の司法制度 改革の三つの柱―
(1) 国民の期待に応える司法制度の構築
(制度的基盤の整備、例―裁判の充実・迅速化、費用負担の軽減など)
(2) 司法制度を支える法曹のあり方
(人的基盤の拡充、例―法曹人口の拡大、法科大学院など)
(3) 国民的基盤の確立
(国民の司法参加、例―裁判員制度など)

山ゆり
 西表島を訪ねた。珊瑚礁に囲まれ亜熱帯ジャングルの広がるこの島で出会ったものは、豊かな環境の中で輝いている多種多様な生き物たち。山で海で干潟で道端でいろんな仲間に出会った。イリオモテヤマネコを目撃する僥倖も得た
 昨秋は屋久島に足を踏み入れた。この島には太古からの動植物の息吹が満ち満ちていた。難行程の果てにまみえた樹齢数千年の縄文杉の偉容は、私をただひれ伏させた
 大自然に触れたときに感じるのは、空水風土動植物すべての一体性だ。すべてが有機的につながり、互いに意味を持って存在し合っている。生き物それぞれがそれぞれを許容し合いながら本分を尽くしている。そこに自然の美しさがある。そこに多様性の美しさがある
 翻って私たち人間。同じく生き物であるのに、ありのままに生きることの何と難しいことか。多様性を許容し合うことが何と下手なことか。生きていくことを何と難しくしていることか。実に不思議な存在である
 だからどうと言うわけでもないが、時には自然の中での自分の位置づけというものを考えてみたい。そもそも「自然」という言葉は人間が作ったものだが、山川草木を意味すると同時に、ありのまま、本来的といった意味も与えられている。結局、人間自身、本来的に自然界の中に生かされているということをわかっているのだと思う
 遙かなる自然の営みの系譜の中に私もいる。他の生き物たちとともに存在し合っている。そして次の世代へと生命の系譜をつなげていく。おそらくそれだけは確かなことなのだ
 俗務に忙殺されることの多い日々だが、時に自然と向き合うことから、原点に立ち帰れるような気がする。自然回帰というのは根源的な欲求なのかもしれない。
(畑中 隆爾) 

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