横浜弁護士会新聞

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1999年11月号(3)

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シリーズ司法改革 その5 目指すは自省的で開かれた司法
横浜国立大学教授 青柳 幸一 
〈司法制度改革審議会の始動〉
 司法制度改革審議会が、この九月から、二年後に予定されている内閣への司法制度改革に関する答申に向けてその活動を開始した。同審議会委員長は、憲法学者として高名な佐藤幸治・京都大学教授である。そこで、この小論では、最高裁判所の違憲判断消極主義の「原因」から司法制度改革のあるべき方向の一端を検討してみたい。
〈違憲判決の少なさ〉
 裁判所に違憲立法審査権が付与されて(司法審査制)、五二年が経過した。その間、最高裁判所が法律の規定自体を違憲としたのは、わずか五件しかない(青柳『個人の尊重と人間の尊厳』尚学社、一九九六年、四三八頁以下参照)。勿論、違憲判決の数が司法審査制の質や活発さを表すわけではない。問題は、それぞれの判決の内容である。しかし、それにしても、五〇余年で五件の違憲判決というのは、少ない。近時保守的傾向が強まっていると言われているアメリカ連邦最高裁判所でも、一年間で五件以上の違憲判決が下されている。これに対して、次のように言われることがある。「アメリカの、とりわけ州法の内容はおそまつなものが多く、だから違憲判決が多い。日本の法律は優秀な内閣法制局が作成するので、違憲判決が少ない」と。しかし、日本の内閣法制局の立法能力が高いという理由だけで、この違法判決の少なさを説明し尽くすことはできないと思われる。そこには裁判制度や裁判官制度のあり方そのものにかかわる「原因」もあるように思われる。
〈官僚裁判官制度〉
 日本の裁判官制度は、周知のように、官僚裁判官制度(キャリアシステム)をとっている。キャリアの「終着駅」が最高裁判所裁判官である。「官僚」は、「前例主義」という言葉が端的に表しているように、「既存のもの」を否定することには消極的である。そして、「身内」には甘い(大学の教授会も同僚に甘いところが多々あるので、「身内」に甘いことは「官僚」だけの特徴ではないようである)。官僚裁判官制度においては、法律が「既存のもの」であり、「身内」とは国家権力機関である。裁判官は、法律の機械的適用技術を身につけたエキスパートになるべく訓練される。それゆえ、裁判官にとって「既存のもの」である法律はますます堅固となる。こうして、制度内在的に、キャリア裁判官は、国会が制定した法律を違憲とすることに消極的になるように思われる(芦部信喜『宗教・人権・憲法学』有斐閣、一九九九年、二六七頁以下参照)。
 事件の解決に必要な限りで憲法判断を行う司法審査制においても、裁判所に、個人の権利の救済を通じて人権を不可侵なものとして保障している日本国憲法の内容・実質を擁護する、「憲法の番人」としての役割を果すことが期待されている。この責務を果すためには、裁判官の選任方法自体を検討することも必要であると思われる。キャリアシステムの長所・短所の冷静な分析に基づいて、在野法曹経験者を中心として裁判官を選ぶ制度(法曹一元制度)の導入に関する具体的検討を望みたい。
〈エキスパート・システム維持のための基本条件〉
 近代の際立った特徴の一つとして、高度の技術力と専門知識を持つエキスパート・システムの存在が挙げられる。司法制度は、正にエキスパート・システムの世界である。
 エキスパート・システムの基盤は、「素人」の「信頼」である。しかし、それは、無条件の「信頼」を意味するものではないし、過度の依存を意味するものでもない。アメリカ第三代大統領ジェファーソンは、権力に対する「信頼は、いつも専制の親である。自由な政府は信頼でなく、猜疑に基づいて建設される」と述べている。この理は、エキスパート・システムにも基本的に当て嵌る。エキスパート・システムに対する過度の依存は、エキスパートによる専制をもたらす。エキスパート・システム存続のためには、「能動的な信頼」の形成と維持が必要不可欠である。
 そもそも、エキスパートといえども人間であり、完璧ではあり得ない。そのことは、裁判制度においても明らかである。誤判の問題や、第一審・控訴審・上告審で判断が異なる場合があることは、エキスパートである裁判官の判断も完全ではありえないことを示している。エキスパート・システムに対する「能動的な信頼」を形成し維持するためには、システムの諸制度を自省的なものとし、開かれたものにしなければならない。
 「自省的なもの」にするとは、当該エキスパート・システムを民主的に組織された、対話を通して物事が決められる制度にすることを意味する。「開かれたもの」とは、裁判官の判決・見解が批判や反論に対して開かれていることを意味する。システムを「自省的なもの」にすることによって、エキスパートの高度の技術力と専門知識が常に「素人」に到達し続ける。エキスパートの知識を「素人」が習得できることによって、過度の依存が防止できる。他方で、「素人」との交流によって、エキスパートも民主的に検証された「真」の専門知識を身につけることができ、信頼低下を防ぐことが可能となる。
 エキスパート・システムである司法制度においても、最大限の透明性、すなわち、情報公開と参加が必要不可欠である。
専攻:憲法学
主要著書 『個人の尊重と人間の尊厳』尚学社、一九九六年
  『人間・科学技術・環境』(編著)信山社、一九九九年
  『憲法(2)〔第三版〕』、『憲法(3)〔第三版〕』(共著)有斐閣、一九九五年など

常議員会レポート
犯罪被害者支援対策委員会を設置
 第六回常議員会は出席者二七名を得て開催された。尚、永井議長が所用のため欠席し、会則に則り、副議長が議長代理として議事の進行を行なった。
第1号議案 事務局長嘱託雇用契約更新の件
 事務局長の職責はどうあるべきか、又、更新条件に関する事務局長との協議等についての説明の後、一年の更新契約締結について承認可決された。
第2号議案 指定住宅紛争処理機関受入れの第一次意向確認の件
 住宅の品質確保の促進等に関する法律が、本年六月二三日に公布された。同法は、住宅の性能表示、瑕疵担保責任の充実、及び紛争処理体制の整備等を目的としている。特に、紛争処理体制の整備に関しては、指定住宅紛争処理機関として、各地の弁護士会を予定している。日弁連はこの制度の運用に関しては、積極的に関与していく事を決定しており、そのため、同法も弁護士会の申請に従い、建設大臣が指定するという形式を採用している。公布から一年以内に施行となっていることから、建設省から日弁連に対して、各弁護士会の指定を受ける意向の有無についての回答を求められ、この議案となったものである。尚、職員が秘密漏泄した際に、弁護士会が両罰規定の対象となる事、及び両罰規定が法制化される際の議論の過程について説明された。
 理事者から、多数の資料に基づく説明の後、活発な質疑応答の後採決され、指定を受けるということについて承認可決された。
第3号議案 入会申込者の入会許否の件
 東京からの登録換の申請に対して審議し、承認可決された。
第4号議案 犯罪被害者支援対策委員会設置及び委員選任の件
 犯罪被害者の支援については、特に地下鉄サリン事件以降社会的問題となっている(法的には犯罪被害者等給付金支給法や民間の交通遺児育英基金等々もその一つではある)。この件においては、単に法律的な問題だけでなく、PTSD等医学的な問題も存在しているため、より効果的な支援についての調査・研究をし、且つ、実際に支援活動を行なう事等を目的とした委員会を設置したいとの司法制度委員会からの要望に基づいて、審議されたものである。他会においても、委員会設置等についてはまだ端緒についたばかりというのが実情である。
 委員会の目的中、調査研究についてはその目的が確定しているものの、支援については具体的にどのようなものになるかが未定である事、従って、将来支援センター等を設立し活動する場合には、新たに、常議員会の承認を得る予定である事が説明され、審議した結果、承認可決された。
第5号乃至7号議案 横浜弁護士会、行政関係、日弁連等の各種委員会委員選任の件
 理事者提案どおり承認可決された。
会議の後、理事者から報告事項について報告がなされたが、重要なものはつぎのとおりである。
1、会館一階改装に伴う備品購入の件
2、ピロティー問題の件
 新所長との話合いの経過が報告された。裁判所から文書による使用許可申請の提出が求められ、八月一九日に文書を裁判所に提出し、現在は回答を待っている状態との事である。弁護士会にとって悲願であったピロティーの使用問題解決の日が近いのではないかと大いに期待されている。
3、月間司法改革の講読要請
(副議長  箕山 洋二) 

常議員からズバリひとこと
 入会四年目にして初めて常議員に選出された。恒例で、各支部から一人づつ支部枠として選出されることになっているところ、私は、相模原支部枠からの選出である。もっとも、建前としては支部会員の代表ではなく弁護士会全体の代表ということになっている。そうは言っても、支部枠からの選出である以上、支部会員の意見を代表するという役割も重要であろう。ただ、支部会員の意見をどのように常議員会に反映させていくかはなかなか難しい。まずもって議論に参加しなければならないはずであるが、諸先輩の議論に耳を傾けているのが精一杯で、議論についていけていないのが現状である。議論に参加できるよう残りの任期を頑張ろうと思う。
(四五期  遠藤 秀幸) 

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