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会長声明・決議・意見書(2018年度)

最低賃金の大幅な引き上げを求める会長声明

2018年06月14日更新

  1. 平成20年7月に施行された改正最低賃金法は、地域別最低賃金を定める際に考慮を要する労働者の生計費について、「労働者が健康で文化的な最低限度の生活を営むことができるよう、生活保護に係る施策との整合性」を求めている(9条3項)。
  2. 神奈川県地域別最低賃金は、平成29年10月1日改正により1時間956円となった。そして、近時、厚生労働省が中央最低賃金審議会に示している試算(以下「厚労省試算」という。)によれば、神奈川県内における最低賃金額と生活保護基準との逆転現象は解消したようにも見える。

    しかし、逆転現象解消の一因は、平成25年8月以降、生活保護基準が切り下げられたことにあり、生活保護基準自体が「健康で文化的な最低限度の生活を営む」ことができる水準を下回った結果である。

  3. 以下述べるとおり、実質的には逆転現象は解消されておらず、労働者が働きさえすれば憲法25条が保障する「健康で文化的な最低限度の生活を営む」ことができるようになったことを意味しない。

    第1に、地域や家庭の状況によって最低賃金の水準が生活保護基準を下回っている事例は少なくない。

    例えば、横浜市等においては、1時間の最低賃金額956円で厚労省試算が用いる労働基準法の労働時間規制の上限である1か月173.8時間働いた場合の賃金は166,152円である。これに厚労省試算で税・社会保険料を除いた可処分所得を算定するために用いる指数0.832を乗じると138,238円となり、全額が可処分所得となる生活保護基準148,440円(住宅扶助を上限額とするほか厚労省試算と同様に算定)を下回る。

    また、厚労省試算は医療費を要しない19歳以下の単身者を前提にしており、子育て中のひとり親世帯などでは最低賃金の水準が生活保護基準を大幅に下回る。

    例えば、横浜市等では、中学生2人を養育するひとり親世帯であれば生活保護基準が約30万円になる。ところが一方で、当該ひとり親が最低賃金額でフルタイム働いても賃金は前記のとおりであり、2人分の児童手当及び児童扶養手当計約7万円を受給したとしても生活保護費基準には及ばず、現在の最低賃金額は、ひとり親が子育てをするには到底足りないのである。また、生活保護では医療扶助により医療費の自己負担が不要となるが、最低賃金で働く労働者は、医療費を支出するとさらに生活を切り詰めなければならないことから、診療を諦めることを余儀なくされかねないのである。

    第2に、厚労省試算が用いる労働時間は実態に即していない。厚労省試算は、最低賃金に基づく1か月あたりの収入の算定につき労働時間を労働基準法の労働時間規制の上限である1か月173.8時間としている。しかし、神奈川県毎月勤労統計調査によれば、県内の労働者の所定内労働時間はフルタイムにあたる一般労働者でさえ1か月あたり152.8時間にとどまる。この時間を最低賃金額956円で働いた場合、1か月の賃金は146,076円であり、厚労省試算が用いる指数0.832を乗じると可処分所得は121,535円にとどまるのであって、生活保護基準を大幅に下回る。

  4. わが国においては、子どもを養育しているひとり親世帯における貧困率の高さが際立っている。特に、ひとり親世帯の親の8割以上が就労しているにもかかわらず、他の多くの国と異なって就労・非就労によって貧困率がほとんど異ならないという深刻な状況がある。ひとり親家庭の親はフルタイムの職を得ること自体容易ではないが、まずはフルタイムで働きさえすれば、生活保護基準を上回る賃金を得られるようにすることが喫緊の課題である。憲法25条が保障する「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」である生存権を具体化した生活保護より低い金額しか得られないような最低賃金額の設定は、健全な労働意欲を削ぐものであって、労働者の生活の安定、労働力の質的向上等を図ることにより、国民経済の健全な発展に寄与することを目的とした最低賃金法の趣旨にも反する。
  5. よって、神奈川県の地域別最低賃金は、平均的な労働時間働いた場合に、子どもを養育するひとり親家庭に対する、県内において最も高い地域の生活保護基準を上回るよう大幅に引き上げられるべきである。

以上

2018年(平成30年)6月13日
神奈川県弁護士会         
会長 芳野 直子      

 
 
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