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会長声明・決議・意見書(2021年度)

重要土地等調査規制法の廃止等を求める意見書

2022年01月21日更新

第1 意見の趣旨

 2021年6月16日に成立した「重要施設周辺及び国境離島等における土地等の利用状況の調査及び利用の規制等に関する法律」は、国民・市民のプライバシー権を侵害し、財産権を不当に制約するものであるとともに、思想良心の自由、表現の自由を侵害するおそれが極めて強い。また、重要かつ基本的な事項を政令や政府の決定等に包括的に委任する内容となっており、国会を唯一の立法機関とする憲法41条及び罪刑法定主義を定めた憲法31条に違反する。さらに、国が地方公共団体に対しその保有する個人情報の提供の義務付けその他の協力を求める点で、憲法が保障する地方自治の本旨を侵害するものである。本法は違憲の法律であり、直ちに廃止されなければならない。
 神奈川県には、在日米軍基地を含め多数の防衛施設が存在する。仮に本法が施行された場合には、当会は、引き続きその廃止を求めるとともに、万が一にも国民・市民の権利が不当に制約されることのないよう、その運用を注視し、広く、情報提供、意見表明、提言等を行っていく決意である。

 

第2 意見の理由

1 本法の概要

(1)本法の目的等

 本法は、「重要施設の周辺の区域内及び国境離島等の区域内にある土地等」が、その「重要施設又は国境離島等の機能を阻害する行為」(以下「機能阻害行為」という。)の用に供されることを防止するため、注視区域・特別注視区域を指定し、当該区域内の土地等(土地及び建物)の利用状況調査、利用規制、売買契約の届出等の措置を定め、もって、「国民生活の基盤の維持並びに我が国の領海等の保全及び安全保障に寄与することを目的」とする(1条)。
 重要施設及び国境離島等の機能を阻害する土地等の利用の防止に関する基本的な方針(基本方針)は、政府が定める(4条)。

 

(2)本法が規定する措置等

ア 注視区域・特別注視区域の指定

 内閣総理大臣(内閣府の長をいう。以下同じ。)は、自衛隊施設、米軍施設(日米地位協定に基づいて米国に提供された施設及び区域)、国民生活に関連する施設で政令で定めるもの(生活関連施設)等の重要施設(2条2項)の敷地の周囲おおむね1000メートル内にある区域や国境離島等の区域で、その区域内の土地・建物が機能阻害行為の用に供されることを特に防止する必要がある区域を、「注視区域」に指定する(5条)。
 重要施設、国境離島等のうち、特に機能が重要であったり、機能を阻害することが容易であって、かつ代替が困難な場合には、その「注視区域」を「特別注視区域」に指定する(12条)。

イ 調査、資料等の収集、勧告、命令

 内閣総理大臣は、注視区域内の土地・建物の利用の状況の調査(土地等利用状況調査)を行う(6条)。また、その調査のために必要があるときは、関係行政機関の長、関係地方公共団体の長その他の執行機関に対し、土地・建物の利用者や「その他の関係者」の氏名・名称、住所、「その他政令で定める情報」の提供を求め、地方公共団体の長等の機関は求めに応じて情報を提供するものとされる(7条)。さらに内閣総理大臣は、なお必要があるときは、土地・建物の利用者や「その他の関係者」に対し、報告、資料の提出を求めることができる(8条)。そして、土地・建物の利用者がその土地・建物を機能阻害行為の用に供し又は供する明らかなおそれがあると認めるときは、土地・建物の利用者に対し、当該行為をしないことなど必要な措置をとるよう勧告し(9条1項)、正当な理由なく勧告に従わないときは、勧告した当該措置をとるよう命令することができる(同条2項)。

ウ 売買等の規制

 特別注視区域内の200平方メートル以上で政令で定める面積の土地・建物について、売買契約等(土地等売買等契約)を締結する場合には、当事者は、あらかじめ、当事者の氏名・名称、住所、土地・建物の所在等、契約後の利用目的、「その他内閣府令で定める事項」を、届け出なければならない(13条1項)。届出後は届出事項について調査が行われ(同条4項)、その調査にあたっては、地方公共団体の長等の機関に対する情報提供の要求と提出(同条5項、7条)や、利用者その他の関係者への報告・資料提出要求(13条5項、8条)もなされる。
 調停その他政令で定める事由による土地等売買等契約の締結の場合は、事後に届出をするが(13条2項、3項)、これについても同様に調査がなされる(同条4項、5項)。

エ 罰則

 注視区域内の土地・建物の利用者が機能阻害行為に関する禁止等の措置命令に従わないときは2年以下の懲役若しくは200万円以下の罰金又はその両方(9条2項、25条)、特別注視区域内の土地等売買等契約の当事者が届出をしなかったり虚偽の届出をしたときは6月以下の懲役又は100万円以下の罰金(13条、26条)、注視区域内の土地・建物の利用者その他の関係者が報告・資料の提出要求に応じなかったり、虚偽の報告・資料を提出したときは30万円以下の罰金(8条、27条)を科せられる。これらの刑罰は、行為者のみならず、法人や雇用者等にも科せられる(28条)。

 

(3)本法成立の経緯及び施行

ア 本法は、2021年3月26日に法案が閣議決定されて同日国会に提出され、同年5月11日、衆議院で審議が開始され、同年6月16日、参議院で可決されて成立し、同月23日、公布された。
 国会での審議にかけた時間は、衆参両議院合わせて約26時間に留まると報道されている。
 衆議院内閣委員会は、施行にあたり運用等に遺漏なきを期すべきであるとして、注視区域・特別注視区域の指定の際の地方公共団体からの事前の意見聴取を基本方針に定めることなど、16項目にわたる附帯決議をし、参議院内閣委員会も、施行にあたり適切な措置を講ずべきであるとして、17項目の附帯決議をしている。

イ 閣議決定に先立ち、内閣官房土地調査検討室が設置した「国土利用の実態把握等に関する有識者会議」(以下「本件有識者会議」という。)が、2020年12月24日、「国土利用の実態把握等のための新たな法制度の在り方について 提言」を公表している。これによれば、かかる新たな法制度の在り方を検討する背景事情として、国境離島や防衛施設周辺等における土地の所有・利用を巡りかねてから安全保障上の懸念が示されていることや、外国資本による広大な土地の取得が発生することで、地域住民、国民に不安や懸念が広がっていることが挙げられており、「長崎県対馬市では海上自衛隊対馬防備隊の周辺土地が、また、北海道千歳市では航空自衛隊千歳基地の周辺土地が、それぞれ外国資本に取得され、地域住民の不安や懸念を背景に、市議会において、様々な議論が行われている。」等と説明されていた。

ウ 本法は、その一部、すなわち生活関連施設を定める政令制定に先立つ土地等利用状況審議会からの意見聴取(2条6項)、基本方針の策定等(第2章)、土地等利用状況審議会の設置等(第5章)、本法実施のための内閣府令の制定(24条)等については公布の日から1年を超えない範囲内において、その余の全体については公布の日から1年3か月を超えない範囲内において、それぞれ政令で定める日から施行するとされている(附則1条)。したがって、2022年6月23日までに上記一部が、同年9月23日までに全部が施行されることになる。

 

2 本法の問題点

(1)問題点の概要

 本法は、法律に定めるべき事項の多くを政令等に白紙委任するものである点で憲法が定める立法国会中心主義及び罪刑法定主義に違反するとともに、多くの点で国民・市民のプライバシー権等の基本的人権を侵害し又は侵害するおそれがあり、さらに憲法が保障する地方自治の本旨を侵害するものでもある。  また、国会における審議の過程で、そもそも前提とされた立法事実が存在しなかったことが明らかになっている。  

 

(2)憲法41条が定める立法国会中心主義違反

ア 本法は、注視区域内の土地・建物の利用者その他の関係者に関する情報を収集し、土地・建物の利用者の利用権限を制約しうる措置を定めており、国民・市民の権利の制限に及ぶ可能性が大きいにもかかわらず、本法による保護の対象である重要施設の内容、規制の対象となる機能阻害行為の内容、国が収集する情報の範囲等、重要な事項について、法律に定めず、政令、内閣府令、政府の決定(閣議決定)等に委ねており、国会を唯一の立法機関とする憲法41条に反する。

イ 憲法41条は、国会は国の唯一の立法機関であると定め、立法権を国家に独占させている。ここにいう立法は、国民・市民の権利制限・義務付け等を含む実質的意味の立法を意味し、およそ一般的・抽象的な法規範すべてがこれに含まれる。
 もっとも、現代の社会福祉国家においては国家の任務が増大し、①専門的・技術的事項に関する立法や、②事情の変化に即応して機敏に適応することを要する事項の立法の要求が増加し、③地方的な特殊事情に関する立法や、④政治の力が大きく働く国会が全面的に処理するのに不適切な、客観的公正のとくに望まれる立法の必要が増加したことから、憲法73条6号ただし書は、委任立法を許容している。
 そうであるとしても、憲法41条の趣旨からすれば、委任は、個別・具体的な委任でなければならず、一般的・包括的な白紙委任は許されない。
 ところが本法は、以下にみるとおり、基本的かつ重要な事項を、政府が策定する「基本方針」、政令、内閣府令等に、一般的、包括的に委任するものであり、憲法41条に違反するといわざるを得ない。

ウ 機能阻害防止に関する「基本方針」(4条)

(ア)本法は、①重要施設・国境離島等の機能を阻害する土地等の利用の防止に関する基本的な方向、②注視区域・特別注視区域の指定に関する基本的な事項、③土地等利用状況調査に関する基本的な事項、④土地等の利用者に対する勧告・命令に関する基本的な事項、機能阻害行為の具体的内容に関する事項、⑤以上のほか重要施設・国境離島等の機能を阻害する土地等の利用の防止に関する必要事項を、政府が定める「基本方針」により定める、とする(4条)。
上記の各事項はいずれも、本法を制定する目的及び本法による規制の対象を決定する根幹をなす事柄である。
とりわけ、重要施設・国境離島等の機能阻害行為は、本法により調査、報告の徴収、利用者に対する勧告・命令、売買契約締結前の事前ないし事後届出といった措置の前提となる行為であり、本法の根幹を為す事項であるにもかかわらず、いかなる行為がこれに該当するのか、法文上全く不明であり、法律として、国民の行動規範となりえていない。
本法が「基本方針」により定めるとするこれらの事項は、法律により具体的かつ明確に定められなければならない事項であり、政府が閣議決定により決することができる事項ではない。

(イ)機能阻害行為の内容について、国会審議においては、構造物の設置、トンネルを掘削して侵入を図る行為、電波障害準備行為、施設侵入準備行為、領海基線の根拠となる低潮線に影響を及ぼすおそれのある近傍の土地の形質変更などが例として挙げられたが、これら以外にも、「安全保障をめぐる内外情勢や施設の特性等に応じて様々な態様が想定される」「特定の行為を普遍的、代表的な機能阻害行為として法案に例示することは必ずしも適当ではない」と答弁されており(2021年5月11日衆議院本会議・小此木八郎国務大臣)、時の政府によりいかようにも決せられることになりかねない。
また、「構造物の設置」というが、いかなる構造物を対象とするか、定かではない。構造物とは、道路、ビル、ダム、堤防などのように複数の材料や部材などから構成され、基礎などにより重量を支えられた構造で造作されたものをいうところ、商業ビルや高層マンションの建築も該当するとされる可能性がある。そうなれば市民の生活に及ぼす影響は大きい。

エ 政令により決せられる事項

(ア)本法は、重要施設の一つである「生活関連施設」の特定(2条2項3号)、関係行政機関・地方公共団体等へ提供を求める情報の内容(7条1項)、勧告・命令(9条)により生じた損失の補償に関する裁決の手続(10条3項)、土地等利用状況審議会に関し必要な事項(20条)は、政令で定める、とする。
 政令とは、憲法第73条第6号に基づいて、憲法及び法律の規定を実施するために、内閣が制定する命令であり、法律による個別の具体的な委任がされなければならない。

(イ)「生活関連施設」(2条2項3号)
 「生活関連施設」とは、「その機能を阻害する行為が行われた場合に国民の生命、身体又は財産に重大な被害が生ずるおそれがあると認められるもので政令で定めるもの」(2条2項3号)とされるが、そもそも「機能を阻害する行為」が不明である上、「国民の生命、身体又は財産に重大な被害が生ずるおそれがある」というその内容も全く不明確である。「生活関連施設」は「注視区域」「特別注視区域」の指定の前提となる重要な事項であるにもかかわらず、その決定を政令に白紙委任するものと言わざるを得ない。
 国会審議では、原子力関係施設及び自衛隊が共用する空港が挙げられたが(2021年6月4日参議院本会議・小此木八郎国務大臣答弁)、今後もこれらに限定されるとは限らない。
 政府は、国会審議において、「現時点では、鉄道施設でございますとかあるいは放送局などのインフラにつきましては生活関連施設として政令で定めることは想定してございません。ただし、どのような施設を生活関連施設として本案の対象とするかにつきましては、この先の国際情勢の変化あるいは技術の進歩等に応じ、柔軟かつ迅速に検討を続けていく必要があるものと考えてございます。その結果として、将来的にそれらの施設を生活関連施設として政令で定めることはあり得る」と答弁しており(2021年5月26日衆議院内閣委員会・木村聡政府参考人)、今後、政府の判断により、いかようにも定められることになる。

(ウ)地方公共団体等に提供を求める情報の範囲(7条)
 本法は、土地等利用状況調査のため、関係行政機関・地方公共団体等に対し、利用者その他の関係者の「氏名又は名称、住所その他政令で定めるものの提供を求めることができる。」と定め(7条1項)、これら機関は「情報を提供するものとする。」(7条2項)と定めるところ、提供を求める情報の種類、範囲を政令に包括的に委任している。
 本法が、我が国の「安全保障に寄与することを目的」として、重要施設等の機能阻害行為を防止するために、調査、報告等の徴収、勧告・命令の措置、不動産取引における事前ないし事後の届出を規定する法であることに照らせば、国が関係行政機関・地方公共団体等から収集しようとする情報が、単なる住所、氏名といった外形的な情報に留まるとは考え難く、「その他政令で定める」情報には、機能阻害行為に関連する情報が広く含まれることになることが危惧される。
 国会審議においては、土地・建物の利用者等の本籍、国籍、生年月日等を検討していると答弁されたほか、「土地等の利用者や利用目的等を特定するために必要な情報」を入手するとし、例えば公立図書館で借りた本の履歴、所得、生活保護の有無といった個人情報についても、「土地の利用に関係する」場合には対象になりうることは否定されていない(2021年6月8日参議院内閣委員会・内閣官房内閣審議官答弁、同月15日同委員会・同審議官答弁)。
 このように、内閣総理大臣が地方公共団体等に提供を求めることができる情報の範囲は法律上明確ではなく、本籍、国籍といった形式的事項でも状況によってはセンシティブな情報になりうるのであって、本条の政令で規定する事項はごく限定的に列挙されなければならず、仮にも、「その他土地等の利用者その他の関係者の機能阻害行為に関する情報」などといった一般的・抽象的な条項が設けられてはならない。
 なお、内閣総理大臣による土地等利用状況調査(6条)の調査対象・方法には何の限定もなく、また、関係行政機関・地方公共団体からの情報徴求によってもなお土地等利用状況調査のため必要なときは、内閣総理大臣は土地・建物の「利用者その他の関係者」に対して罰則付きで報告・資料提出を求めることができるが(8条)、この報告・資料提出要求の対象の範囲も限定する規定はない。
 7条の規定と相まって、このような内容の情報の収集が、プライバシー権、思想良心の自由、表現の自由を侵害する危険は、後述のように極めて大きい。

オ 内閣府令により決せられる事項

(ア)本法は、特別注視区域内の土地等売買等契約の事前届出の範囲、手続(13条1項)、事後届出の手続(同条3項)のほか、「法律の実施のために必要な事項」(24条)を内閣府令で定める、とする。
 内閣府令とは、内閣府に係る主任の行政事務について、法律若しくは政令を施行するため、又は法律若しくは政令の特別の委任に基づいて、制定されるものであり、法律・政令による具体的な委任が必要である。  

(イ)土地等売買等契約における届出事項(13条1項5号)
 法は、特別注視区域内の土地等売買等契約の締結にあたり、契約当事者に対し、当事者の氏名・名称、住所、対象となる土地等の所在及び面積等の事項の届出を義務付けるが(13条1項、3項)、「前各号に掲げるもののほか、内閣府令で定める事項」(同項5号)と規定して、届出事項の内容の決定を広く内閣府令に委ねている。
 しかし、届出を要する事項については、具体的に規定することが可能であるし、仮に法文上一定程度概括的な記載をする必要があるとしても、内閣府令に白紙委任することは、行政権による恣意的な立法になりかねず、許されないというべきである。    

カ 内閣総理大臣による「注視区域」、「特別注視区域」の指定

 本法は、内閣総理大臣が、重要施設の敷地の周囲おおむね1000メートルの区域内及び国境離島等の区域内の区域で、その区域内にある土地・建物が機能阻害行為の用に供されることを特に防止する必要があるものを、あらかじめ関係行政機関の長に協議し、土地等利用状況審議会の意見を聴いたうえで、注視区域に指定する、と定める(5条)。
 注視区域に指定されると、注視区域内の土地・建物について土地等利用状況調査が行われ(6条)、その利用者その他の関係者について地方公共団体等からの情報収集(7条)や報告・資料の徴収(8条)がなされ、その結果、機能阻害行為の用に供しないことその他の措置の勧告がなされ(9条1項)、さらには当該措置をとるべきことの命令がなされる(同条2項)。
 さらに特別注視区域に指定されれば(12条)、その区域内の土地・建物の売買契約等の取引には、届出義務が課される(13条)。
 そして上記の報告・資料の徴収、命令に応じない場合、届出が適切になされない場合には罰則を科されるのであるから(25条ないし28条)、注視区域・特別注視区域の指定は、国民・市民の生活、権利に直接的な影響を及ぼす事項である。
 しかし本法は、前述のように、重要施設のうちの「生活関連施設」の具体的内容については政令で定めるとし(2条2項3号)、機能阻害行為の内容については政府が定める基本方針により定めるとし(4条2項4号)、特別注視区域の指定要件も上記のような抽象的なものであることに鑑みれば、「注視区域」や「特別注視区域」に定められることになる対象が、法律上明らかであるとは到底言えず、その指定を所轄官庁である内閣府の長である内閣総理大臣が行い得るとすることは、行政にその指定を白紙委任することにほかならず、許されない。
 また、機能阻害行為の防止が「特に」「必要」(5条1項)であるか、「特に重要」であるか(12条1項)否か等の判断は、情勢等により変化すべき事項であるが、注視区域・特別注視区域の指定には期間が設けられておらず、指定の見直しについての規定が存在しないことに鑑みれば、注視区域・特別注視区域の指定が固定化するおそれもある。

キ 法律で定めるべき事項の規定の不存在

 特別注視区域内の土地・建物取引の届出後の措置や、収集した情報の取扱いについては、権利制限やプライバシー権等の保護に関する重要な事項であって、本来は法律で定めるべきものであるが、本法はその規定を欠いている。

(ア)土地・建物取引後の届出後の措置

 特別注視区域内の土地・建物取引には届出が義務付けられ(13条1項、3項)、届出後には調査がなされ(同条4項、5項)、調査の結果いかんによっては、土地・建物の取引等の制限にわたる勧告、命令がされることもある(9条)が、本法には、土地・建物の売買等の契約の届出後、売買契約等を禁ずる旨の勧告や命令(9条)がなされるまでの期間についての規定が存在しない。
 土地・建物取引に制限が課せられるか否かは、取引を行おうとする者、とりわけ土地・建物の権利者にとっては、その権利の制限にわたる重要な事項であるから、勧告・命令の期限は、法律により定められなければならない。
 この点、本法と類似の規定を有する国土利用計画法は、「健康で文化的な生活環境の確保と国土の均衡ある発展を図ることを基本理念」とし、「規制区域」、「注視区域」を指定し、「規制区域」内の土地に関する権利の移転等に届出の義務を課すものであるが、「規制区域」、「注視区域」の指定には期間が限定されており、また、許可・不許可の処分や、届出に対する権利移転中止の勧告等は6週間以内にされなければならない、と期限が定められている。

(イ)収集した情報の取扱い

 本法は、地方公共団体の長等の執行機関からの情報提供(7条)、土地・建物の使用者その他の関係者からの資料・報告の徴収(8条)について定める。
 上記情報、資料・報告には、個人のプライバシーや思想信条にかかわる事項も含まれ、徴収された情報について、保有する機関、態様、保存期間、保有目的が法律に定められなければならないが、本法はかかる規定を欠いている。

 

(3)憲法31条が定める罪刑法定主義違反

ア 憲法31条は、人身の自由についての基本原則を定めた規定であり、法律で定められた手続が適正でなければならないこと、実体も法律で定めなければならないこと(罪刑法定主義)、法律で定められた実体の規定も適正でなければならず、犯罪構成要件が明確でなければならないこと(明確性の原則)、をその内容とする。
 罪刑法定主義とは、一定の行為を犯罪として処罰するには、いかなる行為が犯罪とされ、いかなる刑罰が科されるのかが、あらかじめ、国民の代表者からなる国会が制定する法律により定められなければならないとする原則であり、明確性の原則とは、何が禁止される行為であるのかが明確でなければならないとする原則である。
 本法は、以下に述べるとおり、誰のいかなる行為が犯罪とされるのか、法律に規定されておらず、罪刑法定主義、明確性の原則に違反するものである。

イ 本法の罰則規定

(ア)内閣総理大臣は、注視区域内の土地・建物の「利用者その他の関係者」に対し、また特別注視区域内の土地等売買等契約の届出事項についても、土地・建物の利用に関する報告又は資料の提出を求めることができ(8条、13条5項)、報告・資料の提出を拒否したり、虚偽の報告・資料を提出した者は30万円以下の罰金に処されることになる(27条)。
 そして内閣総理大臣は、調査の結果、当該土地・建物の利用者が当該土地・建物を機能阻害行為に供し又は供する明らかなおそれがあるときは、利用の禁止その他必要な措置を勧告し(9条1項)、勧告に従わないときは、当該措置をとるよう命令し(9条2項)、命令に違反した者は、2年以下の懲役若しくは200万円以下の罰金が科せられ、又は併科される(25条)。
 さらに、特別注視区域内の一定規模以上の土地・建物の所有権の移転等を行う場合は、あらかじめ内閣総理大臣に対し、当事者の氏名及び住所、利用目的、その他「内閣府令で定める事項」の届出が義務付けられ(13条1項。民事調停法による調停その他政令で定める事由による場合には、事後の届出。13条2項・3項)、届出をしなかったり、虚偽の届出をした場合は、6月以下の懲役又は100万円以下の罰金に処せられる(26条)。

(イ)本法により禁じられる行為は、土地・建物を機能阻害行為の用に供することであるが、機能阻害行為の内容は、政府が「基本方針」により定めるとされており(4条)、法律上は明らかでない。
 また、内閣総理大臣による報告・資料の徴収の対象となる「その他の関係者」については、何も定めがなく、無限定である(8条)。
 さらに、特別注視区域内の土地・建物取引において届出が義務付けられる事項は、内閣府令により定められ(13条1項5号)、法律上明らかになっていない。
 かかる規定では、誰の、いかなる行為が禁止され、罰則が科せられるのか、法律上明確になっておらず、政府の方針、内閣総理大臣の判断により、禁止される行為(機能阻害行為)や報告・資料提出義務者(その他の関係者)の範囲がいかようにも決められることになる。かかる規定は、国民・市民の行動の予測可能性を奪い、その行動を委縮させるおそれが極めて大きい。
 本法の罰則規定は、罪刑法定主義及び明確性の原則に反するものであり、憲法31条に反する。

 

(4)人権侵害及びそのおそれ

ア プライバシー権、情報コントロール権の侵害

(ア)本法は、内閣総理大臣が注視区域内について土地等利用状況調査を行うものとし(6条)、そのために必要があるときは、関係行政機関や関係地方公共団体の長などに対し、注視区域内にある土地・建物の「利用者その他の関係者」に関する、氏名・名称、住所、「その他政令で定める」情報の提供を求め、これら長は求めに応じて情報を提供するものとする、と定める(7条)。
 さらなる調査の必要があると認めるときは、注視区域内にある土地・建物の「利用者その他の関係者」に対し、報告又は資料の提出を求め(8条)、「利用者その他の関係者」がこれに応じなかったり、虚偽の報告・資料を提出したときは、30万円以下の罰金が科せられる(27条)。

(イ)内閣総理大臣が行う土地等利用状況調査の範囲・方法等には法律上の制限規定はなく、地方公共団体等から提供を受ける情報の範囲は政令により定められ、「利用者その他関係者」から徴収する報告・資料の範囲にも、「当該土地等の利用に関し」という以外に法律上の制限はない。
 本法の目的が「国民生活の基盤の維持並びに我が国の領海等の保全及び安全保障に寄与すること」にあること、土地・建物が、自衛隊施設、米軍基地等の重要施設等の機能阻害行為に供されることを防止するために調査を実施することからすれば、内閣総理大臣によって収集される情報は、職歴、所属する団体や支持する政党、集会への参加の有無などの活動歴等、プライバシーや思想信条にかかわるものに及ぶ可能性がある。
 これまでも市民が自衛隊イラク派遣反対活動を自衛隊情報保全隊に監視されていたことが明らかになっており、かかる懸念は杞憂とはいえない。これについて、市民が国に対し国家賠償を求めた事件において、裁判所は、プライバシーに係る情報が違法に収集、保有されたと認め、国に対し損害賠償を命じた(仙台高等裁判所平成28年2月2日・判例時報2293号18頁、仙台地方裁判所平成24年3月26日・判例時報2149号99頁)。

(ウ)また、情報収集の対象は、土地・建物の「利用者その他の関係者」であり、土地・建物を利用する者に限定されず、いかなる者がその対象となるのかも不明である。
 さらに、本人に対する報告・資料の徴収以外の内閣総理大臣による調査は、行政機関、地方公共団体の長等からの情報提供(7条)を含め、本人の知らないところで行われる。
 近年、地方公共団体が、防犯目的で公共施設等に防犯カメラを設置するケースが増えているところ、防犯カメラに録画された画像も情報として、提供の対象となりうる。

(エ)このように、国民・市民の思想信条にかかわる情報その他プライバシーに属する情報が、本人の知らないところで収集されて国に提供され、あるいは提出を強要されることとなる。これは、自己の私生活をみだりに公開されない権利であり、自己に関する情報をコントロールする権利であるプライバシー権(憲法13条)の侵害である。

イ 思想良心の自由(憲法19条)の侵害ないしそのおそれ

 内閣総理大臣は、本法によって、上記のように、土地・建物の「利用者その他関係者」について、罰則をも含む手段によって様々に調査をし、情報を収集することができる。
 その収集しようとする情報が、外形的な情報にとどまらず、職歴、所属する団体や支持する政党、集会への参加の有無などの活動歴等、思想信条にかかわるものに及ぶ可能性があることからすれば、政府によるかかる情報の収集は、思想良心の自由(憲法19条)を侵害し、ないし侵害するおそれが大きい。

ウ 表現の自由の侵害ないしそのおそれ

(ア)内閣総理大臣は、本法によって、上記のように、土地・建物の「利用者その他関係者」について、罰則をも含む手段によって様々に調査をし、情報を収集することができる。

(イ)「防衛関係施設」(2条2項1号)、とりわけ米軍施設は、米軍機の飛行による騒音、部品落下等の事故、原子力艦の入港による原子力汚染の不安等、基地周辺に居住する住民に多大な被害を及ぼしているが、米軍の活動には日本法令が適用されないとされて、被害を解消する現実的な手立てがなく、また米軍の活動状況も明らかにされていないことから、米軍の活動状況を知り、被害解消の途を探るべく、米軍施設周辺では住民や市民団体による基地監視活動が取り組まれたり、近隣の公園や施設で米軍の活動に抗議し、基地撤去を求める集会がもたれるなどの行動が行われている。しかし、本法により、注視区域内の土地・建物をこれらの活動に使用することが禁じられたり、地方公共団体が「その他の協力」として公共施設の利用を拒んだりすることになるおそれがある。

(ウ)また、このような直接的な禁止に至らなくとも、注視区域内における土地・建物の利用が調査の対象となり(6条)、利用者その他の関係者の情報が収集され(7条)、刑罰を伴う資料・報告提出義務が課せられることから(8条、27条)、注視区域・特別注視区域に含まれる地域での表現活動や集会への参加への委縮効果を生じることが懸念される。
 さらに、例えば、2017年5月、海上自衛隊横須賀基地に配備された護衛艦が米軍補給艦の「防護」(自衛隊法95条の2)を行ったことなど、自衛隊や米軍の行動に関する情報は、マスコミの報道によりもたらされることが多いが、このようなマスコミの取材活動も制約を受けることとなりかねず、ひいては、国民・市民の知る権利も影響を受けかねない。

(エ)表現の自由(21条)は、国民・市民が種々の情報に接することにより、個々の人格を形成、発展させるとともに、民主的政治過程を維持するために不可欠の人権であり、重要な基本的人権として特に尊重されなければならないものである。しかし本法は、土地・建物の使用制限により直接的に、あるいは、土地・建物の利用に関わる「関係者」の情報をも収集することで間接的に、土地・建物の利用がかかわる表現を制限するおそれが極めて大きいと言わざるを得ない。

エ 土地・建物の権利者の財産権(憲法29条)の侵害

 上記のとおり、本法は、土地・建物の利用についての調査の結果、土地・建物を機能阻害行為に供し、あるいは供する明らかなおそれが認められるときに、土地・建物の利用者に対する、当該行為に用いないことその他必要な措置をとることの勧告、勧告に応じないときの命令について定める(9条)。
 そもそもいかなる行為が機能阻害行為として禁じられるのかが法律上定められておらず、政府の基本方針により定められること、国会の審議において「構造物の設置」がその例に挙げられており、ビルや高層マンションの建築もそれに含まれるとみられることなどに照らせば、注視区域内の土地・建物はその利用上予想外の制約を受ける可能性がある。
 また、特別注視区域内の200平方メートル以上の一定の面積を有する土地・建物について、土地等売買等契約を行おうとするときは、原則として事前に届出をしなければならないが(13条1項)、届出後の調査の結果、土地等売買等契約が禁じられることが想定されている(9条)。しかし、届出後、措置の勧告、命令がされるまでの期間が定められておらず、取引を行おうとする者は、勧告・命令の対象とされずに取引を完遂しうるのかが不明なまま、土地等売買等契約の取引の当事者は不安定な立場におかれることとなる。
 これらのことは、注視区域内の土地・建物の取引に委縮効果を及ぼし、ひいては、土地・建物の経済的価値を減少させかねない。
 憲法は、正当な補償の下に、財産権を制約することを認めるが(29条3項)、本法は、勧告・命令の措置(9条)により生じた損失の補償(10条)及び利用に著しい支障を来す場合の時価での買入れ(11条)についての規定を有するのみであり、勧告・命令の措置がされるか否かが不明確であることや、「著しい支障」に至らない支障を生ずることによる不動産の価値の減少については何らの手当がされておらず、不当に財産権を制約するものであって、これらの規定は憲法29条に違反する。

 

(5)地方自治の本旨(憲法92条)の侵害

ア 本法は、地方公共団体の長は、内閣総理大臣の求めに応じて、注視区域内の土地・建物の利用者その他の関係者の情報を提供するものと定め(7条)、また、この法律の目的を達成するため必要があると認めるときには、内閣総理大臣は地方公共団体の長に対して、「資料の提供、意見の開陳、その他の協力を求めることができる」旨を定める(22条)。

イ 地方公共団体による「情報」の提供(7条)
 地方公共団体は、それぞれ、条例を制定して個人情報(個人情報の保護に関する法律2条)の取扱いを定めている。これは、同法5条が「地方公共団体は、この法律の趣旨にのっとり、その地方公共団体の区域の特性に応じて、個人情報の適正な取扱いを確保するために必要な施策を策定し、及びこれを実施する責務を有する」と規定していることに基づく。そして、本条に基づく施策の策定と実施は、地方公共団体の自治事務である(宇賀克也『個人情報保護法の逐条解説[第6版]』94頁)。
 そして、例えば、神奈川県個人情報保護条例は、原則として、要配慮個人情報、すなわち信条、人種、社会的身分、犯罪の経歴、刑事事件手続・少年保護事件手続が行われたこと、犯罪により害を被った事実、病歴、障害があること、医師等による指導・診療・調剤が行われたことが含まれる個人情報の取扱いを禁じ、「法令若しくは条例の規定に基づいて取り扱うとき」等に、例外として取扱いを認める(同条例6条)。
 また、取扱い目的以外の目的の利用・提供は原則として禁じられるが、上記と同様、「法令等の規定に基づ」くとき等には例外的に目的外利用・第三者提供を認める(同条例9条)。
 神奈川県に限らず地方公共団体は、住民のプライバシーを保護するため、要配慮個人情報の取扱いや目的外利用・提供について、同様の規定を有している。ところが、本法は、これら規定が予定する「法令」に該当するから、地方公共団体は、本法に基づき、制約なく要配慮個人情報を取り扱い、取扱い目的外の利用、提供をすることが可能となるのであり、逆に言えば、要配慮個人情報であるか目的外利用に該当するかを地方公共団体の長が独自に判断して、情報提供の可否を判断する余地はないものと考えられる。
 したがって、本法7条は、地方公共団体の個人情報保護の責務に大きな例外を設け、その対象者個人の情報の保護及びコントロール権を侵害するとともに、個人情報保護に関する自治事務を大きく制約するものとして、地方自治の本旨を侵害するものである。

ウ 地方公共団体による「資料の提供、意見の開陳その他の協力」(22条)

(ア)上記情報の提供は「土地等利用状況調査のために必要がある場合」(7条)が想定されているのに対し、「資料の提供、意見の開陳その他の協力」の要請は、「この法律の目的を達成するため必要があると認めるとき」になされるものであるところ(22条)、本法の目的は、機能阻害行為を防止することにより「国民生活の基盤の維持並びに我が国の領海等の保全及び安全保障に寄与すること」であり、抽象的で無限定である。

(イ)これら地方公共団体の「協力」については、「求めることができる」と規定されるが(22条)、「その他の協力」の具体的内容が明らかでなく、また、地方公共団体が実際上これを拒む余地があるのか、疑問なしとしない。

(ウ)「その他の協力」として、国が、地方公共団体に対し、特定の者ないし団体について地方公共団体が保有・管理する公共施設の利用を禁じる旨の要請や、防犯カメラ設置の要請をすることなども考えられる。

(エ)情報提供の規定が存在するにもかかわらず(7条)、これに加えて「資料の提供」(22条)を求めることができるとするのは、地方公共団体が保有する「情報」を超え、地方公共団体が調査等を実施して「資料」を作成しこれを提供することになるのではないかとの懸念が生じる。

(オ)また、「資料」に個人情報が含まれる場合であっても、上記のとおり、本法により個人情報保護条例上の「法令等の規定」の要件を充足し、地方公共団体による個人情報の目的外利用・第三者提供は可能となるから、要配慮個人情報であることや、目的外利用・提供に該当することを理由として、個人情報の利用・提供を拒むことはできないことになる。そうすると、22条が条文上は「求めることができる」とするにとどめ、「提供するものとする」と規定する7条とは異なる規定ぶりをとっているとしても、法令の規定に基づく提供の要請という点においては両者に実質的には相違はないこととなり、22条に基づく資料提供の要請であっても、個人情報が含まれることを理由として提供を拒むことはできないから、結局、資料提供を求められた地方公共団体がこれに応じないという選択をする余地があるのか、疑問なしとしない。
 この場合、国は、機能阻害行為を防止することにより「国民生活の基盤の維持並びに我が国の領海等の保全及び安全保障に寄与すること」という広汎で抽象的な目的の下、個別の限定なく、国民・市民の情報を収集しうることになるのであるが、これは探索的な情報収集と言わざるを得ない。地方公共団体は、国の探索的な情報収集の一役を担わされることとなる。
 さらに、国による探索的な情報収集を恐れる国民・市民は、地方公共団体による地方行政運営上必要な情報収集に対しても懐疑的にならざるを得ず、ひいては地方公共団体の円滑な地方行政の実施に支障を来しかねない。

エ 2000年4月に施行された地方分権一括法(地方分権の推進を図るための関係法律の整備等に関する法律)は、国と地方の役割分担の明確化、機関委任事務制度の廃止、国の関与のルール化等を図っており、地方公共団体は自らの判断と責任により、地域の実情に沿った、住民に身近な行政を展開することが期待されている。すなわち、同法によって改正された地方自治法1条の2第1項は、「地方公共団体は、住民の福祉の増進を図ることを基本として、地域における行政を自主的かつ総合的に実施する役割を広く担うものとする。」と定め、第2項で、国は、「前項の規定の趣旨を達成するため」、「全国的に統一して定めることが望ましい国民の諸活動」「全国的な規模で若しくは全国的な視点に立って行わなければならない施策及び事業の実施」「その他本来国が果たすべき役割を重点的に担」う、とする一方で、「住民に身近な行政はできる限り地方公共団体にゆだねることを基本として、地方公共団体との間で適切に役割を分担するとともに、地方公共団体に関する制度の策定及び施策の実施に当たって、地方公共団体の自主性及び自立性が十分に発揮されるようにしなければならない。」と定め、国と地方公共団体との関係は、従前の上下・主従関係的な部分を払拭し、対等な協力関係へと改められた。かかる地方分権一括法の趣旨に照らせば、国が地方公共団体に求めることができる協力の内容は、法律に具体的に規定されなければならないと考えられる。そうでなければ、地方公共団体が、国の下請機関とされかねない。

オ 地方自治の制度は、地方自治が住民の意思に基づいて行われるという民主的要素(住民自治)と、地方自治が国から独立した団体に委ねられ、団体自らの意思と責任の下でなされるという自由主義的・地方分権的要素(団体自治)をその本旨とする(憲法92条)。
 地方公共団体が住民の情報を取り扱うことができ、またその適正な実施等の責務を有するのは、きめ細かな地方行政の実施に必要だからであり、住民の意思に基づくものであるということができる。そしてそれは地方公共団体の自治事務としての性格を有する。
 ところが、本法は、国家の「国民生活の基盤並びに我が国の領海等の保全及び安全保障に寄与すること」という広範かつ抽象的な目的のために、国が地方公共団体が保有する住民の情報を、ほぼ無条件に取得することを可能とする。これは住民自治にも団体自治にも反するものであり、地方自治の本旨(憲法92条)を侵害するものといわざるを得ない。
 また例えば、地方公共団体が、地方公共団体自身の判断でなく、国の要請に応じて、一定の者の公共施設の利用を制限したり、情報収集目的で防犯カメラを設置するようなことがあれば、同様に、地方自治の本旨が侵害されることになる。

 

(6)立法事実が存在しないこと

 2020年12月、本件有識者会議は、「安全保障の観点から、国民の不安や懸念をできる限り払拭するためには」、「そうした施設の周辺や地域の土地について、どのような者が所有し、どのような形で利用されているのかという実態を政府ができる限り詳細に把握した上で、仮に、安全保障の観点から不適切な利用実態が明らかになれば、政府として適切に対処し得るという、実効性が担保された制度的枠組みを創設することが必要である。」と提言した。有識者会議は、かかる提言に至る経緯として、国境離島や防衛施設周辺等において、外国資本による広大な土地の取得が発生し、地域住民を始め、国民の間に不安や懸念が広がっているとし、その例として、長崎県対馬市における海上自衛隊対馬防備隊の周辺土地や北海道千歳市における航空自衛隊千歳基地の周辺土地が外国資本に取得され、地域住民の不安や懸念が生じている、と説明している。
 この提言を受けて、内閣は、2021年3月、本法案を国会に提出した。「我が国を取り巻く安全保障環境の変化を踏まえ、重要施設の周辺の区域内及び国境離島等の区域内にある土地等が重要施設又は国境離島等の機能を阻害する行為の用に供されることを防止するため、基本方針の策定、注視区域及び特別注視区域の指定、注視区域内にある土地等の利用状況の調査、当該土地等の利用の規制、特別注視区域内にある土地等に係る契約の届出等の措置について定める必要がある。」ことが提案理由であるとし、小此木国務大臣は、本法の必要性について、「航空自衛隊千歳基地、海上自衛隊対馬防備隊の周辺では、外国資本による土地の取得について、地域住民の不安が広がり、国会や地方議会で議論が行われてきました。全国各地の地方公共団体からは、安全保障の観点から土地の管理を求める意見書も提出されています。」と説明した(2021年5月11日衆議院本会議)。
 ところが、国会審議の過程で、本法制定の必要のある例として具体的に示された、千歳基地がある千歳市、対馬防備隊が置かれている対馬市は、土地の管理を求める意見書を提出していないこと(2021年5月21日衆議院内閣委員会)や、千歳基地の事例は、千歳基地から約1000メートル以上離れた土地の取得であって、そもそも本法案の規制の対象外であること(2021年5月26日衆議院内閣委員会)などの事実が明らかとなった。
 さらには、政府参考人は、従来から防衛省が実施している防衛施設の隣接地の調査によっては「防衛施設周辺における土地の所有等により自衛隊や米軍の運用等に具体的に支障が生じるような事態は確認できておりません。」ことを明らかにしたが、そうであるにもかかわらず本法を制定する理由として、小此木国務大臣は「何があるか分からないことについて調査をしっかりとすすめていかなきゃならないということであります。」と説明した(2021年5月26日衆議院内閣委員会)。
 かかる国会審議の経過に照らせば、外国資本が防衛施設周辺土地を取得することにより、防衛施設等の機能を阻害する行為の用に供されるのではないかとの住民の不安や、かかる行為を規制する必要性は具体的に示されていないのであり、そもそも立法事実が存在しないと言わざるを得ない。

 

3 神奈川県における具体的な影響

(1)神奈川県には多数の防衛施設が存在し、主要なものとして下記のものが挙げられる。

(主な防衛施設)
 横須賀海軍施設 (米海軍) 横須賀市本町等
 厚木海軍飛行場 (米海軍、海上自衛隊) 大和市、綾瀬市、海老名市
 キャンプ座間 (米陸軍、陸上自衛隊) 座間市、相模原市
 相模総合補給廠(米陸軍) 相模原市
 横浜ノースドック(米陸軍)横浜市神奈川区
 吾妻倉庫地区(米海軍) 横須賀市
 浦郷倉庫地区(米海軍) 横須賀市
 長井通信試験所(米海軍) 横須賀市
 長坂小銃射撃場(米海軍)横須賀市
 池子住宅地区及び海軍補助施設(米海軍)逗子市、横浜市
 鶴見貯油施設(米海軍)横浜市鶴見区
 相模原住宅地区(米陸軍)相模原市
 自衛艦隊司令部庁舎(船越庁舎) (海上自衛隊) 横須賀市
 地方総監部(逸見庁舎)(海上自衛隊) 横須賀市
 業務隊、衛生隊(長浦庁舎)(海上自衛隊)横須賀市
 潜水医学実験隊、横須賀病院等(田浦地区)横須賀市
 武山駐屯地(陸上自衛隊)横須賀市
 武山基地(海上自衛隊)横須賀市
 武山分屯基地(航空自衛隊)横須賀市
 久里浜駐屯地(陸上自衛隊)横須賀市
 横浜駐屯地(陸上自衛隊)横浜市保土ヶ谷区
 座間駐屯地(陸上自衛隊)座間市
 対潜資料隊庁舎(海上自衛隊) 横須賀海軍施設内
 第2潜水隊庁舎(海上自衛隊)横須賀海軍施設内
 これらのうち、横須賀海軍施設は、在日米海軍司令部、米海軍横須賀基地司令部、米海軍艦船修理廠、極東海軍施設技術部隊、米海軍横須賀艦隊補給センター、米海軍横須賀病院のほか住宅及びその関連施設等があり、在日米海軍の中枢部であるとともに第7艦隊の補給等支援業務を行う重要施設である。アメリカ本国以外の唯一の原子力空母の母港であり、現在は、原子力空母ロナルド・レーガンの母港であり、原子力空母のメンテナンスも同施設において実施される。また、揚陸指揮艦ブルー・リッジ、イージスシステムを搭載したミサイル巡洋艦及びミサイル駆逐艦(イージス艦)等の母港でもある。
 原子力空母の艦載機部隊のうち回転翼機は、米海軍と海上自衛隊が共同で使用する厚木基地(厚木海軍飛行場)に配備されており、横須賀海軍施設に不可欠の機能を担う。
 キャンプ座間には、在日米陸軍司令部、在日米陸軍基地管理本部などが所在し、在日米陸軍の中枢部として、後方支援業務の指揮命令の統括や、作戦・訓練計画等の支援を行っている。また、2018年からは、自衛隊の統合幕僚監部、自衛艦隊司令部、航空総隊司令部等及び米軍との間における平素からの運用に係る調整を一元的に実施する陸上自衛隊総体司令部が、キャンプ座間内の建物におかれている。
 相模総合補給廠は在日米陸軍の主要な補給基地であり、横浜ノースドックも、相模総合補給廠や、横田飛行場(在日米空軍。東京都多摩地区所在)への兵站の拠点としての重要な役割を担う。
 これらの施設の周辺は、注視区域、特別注視区域に指定される可能性がある。

 

(2)これらの施設の周辺は、いずれも、商業地域や住宅地域であり市民が日常生活を営む場所である。
 横須賀海軍施設から1000メートル以内の地域には、京急線横須賀中央駅や汐入駅があり、官公庁、高層マンション、大学、商業ビル、商店街も存在する。
 厚木基地から1000メートル以内の地域には、相鉄大和駅や相模大塚駅があり、基地に近接してマンションが立ち、ふれあいの森広場やゆとりの森広場など、市民が利用する公園もある。
 キャンプ座間から1000メートル以内の地域には、小田急小田原線相武台駅があり、住宅街もあって、公立小中学校や県立谷戸山公園もある。
 相模総合補給廠は、JR相模原駅に隣接しており、駅周辺には商業施設やマンションが立ち並ぶ。 
 横浜ノースドックから1000メートル以内の地域には、中央卸売市場や市民の憩いの場である臨港パーク、ベイフロントのタワーマンション「コットンハーバータワー」もある。

 

(3)このように、いずれの地域にも、駅やビル、公園などが存在し、これら土地・建物の利用状況が調査の対象となりうるところ、これら土地・建物の所有者や賃借人などの利用者のみならず、駅や商業施設、公園の利用者も、「その他の関係者」として情報収集の対象とされる可能性を否定できない。
 厚木基地は県内でも2番目の人口密度である大和市も住宅密集地に存在し、多数の住民が厚木基地を離着陸する米軍機や自衛隊機の騒音や落下事故に苦しめられてきており、被害解消を求めて、近隣住民らによる監視行動が続けられている。近時は米軍オスプレイもたびたび飛来するが、その情報は公にされないため、ますます住民らによる監視の必要が高まっている。
 また、厚木基地周辺では、航空機マニアの市民が基地周辺を訪れ、軍用機の映像を撮影し、撮影した画像をインターネット上に公開するなどしている。
 横須賀海軍施設周辺でも市民による監視行動が行われている。
 これら市民が、「その他の関係者」として、調査や情報収集(7条)の対象とされ、あるいは、資料・報告の徴収対象(8条)とされる可能性がある。
 報道機関への影響も見過ごせない。2016年3月に新安保法制法が施行された後、同法に基づき、初めて、自衛隊による米艦船の武器等防護(自衛隊法95条の2)が実施されたが、政府はかかる事実を公表せず、報道機関の報道により初めて市民に明らかになった。また、2018年4月4日、横田飛行場に配備される米空軍の輸送機CV22オスプレイ5機が横浜ノースドックから陸揚げされたが、かかる事実も写真付きで報道された。
 基地周辺の土地・建物の利用が規制されることとなれば、これら報道機関の取材も制約を受けるのではないかとの危惧が生じる。

 

(4)さらに、多くは市街地に接する神奈川県内の基地周辺の注視区域においては、マンションや商業施設、とりわけ高層建物の使用が制限されたり、あらたな高層建築物の建築が禁止されることも考えられる。
 これら建物が、米軍基地や自衛隊施設の機能阻害行為の用に供され、又は供される明らかなおそれがあると認められるときは、当該行為の用に供しないよう、勧告、命令がなされる(9条)。土地・建物に関する権利は制約を受ける。
 また、特別注視区域に指定された場合、200平方メートルを超える一定の面積の土地・建物の取引は、届出の対象となるが(13条)、届出後の調査後、機能阻害行為等として勧告・命令の措置がなされる可能性がある(9条)。しかも、かかる勧告・命令には期限が設けられていない。これらのことからすれば、届出の対象となる土地・建物については、いかなる制限がされるか予測不可能であるといわざるを得ず、取引に対し委縮効果を生じ、その価値を減少させられるおそれを否定できない。

 

4 結論―本法は廃止されるべきこと

 以上述べてきたとおり、本法は、そもそも立法事実を欠くと言わざるを得ないうえ、国民・市民のプライバシー権、財産権を侵害し、表現の自由、思想良心の自由を侵害するおそれが大きい。のみならず、規制対象行為である機能阻害行為の内容を政府が策定する基本方針により定めることとし、注視区域・特別注視区域指定の前提となる「生活関連施設」については政令で定めるとするなど、法律で定めるべき事項を政令・府令や閣議決定等に白紙委任するものであって、憲法41条、憲法31条に違反するものでもある。さらに、地方公共団体に対し、その保有する情報を、住民の個人情報も含めて国に提出することを義務付けており、国と対等・協力関係にあるはずの地方公共団体を地方分権一括法制定以前の上下・主従関係的性格に逆戻りさせかねず、地方自治の本旨(憲法92条)を侵害する。
 本法の制定にあたっては、注視区域・特別注視区域の指定にあたり地方公共団体からの意見聴取をすべきこと、指定後速やかに国会へ報告すべきこと等、多数の事項に及ぶ附帯決議が衆参両議院においてなされたことは、国会審議においても、本法の多くの瑕疵が認識されていたことを示している。
 しかし、仮に附帯決議の事項が実施されたとしても、憲法41条、憲法31条、憲法21条、憲法92条等の違反の瑕疵は治癒されず、基本的人権の侵害を防ぐことはできない。したがって、本法は、廃止されるよりほかはない。
 そして神奈川県は、沖縄県に次ぐとも言われる規模の在日米軍基地を抱えており、また自衛隊施設も多数存在するのであって、本法が施行されることによる影響は計り知れない。仮に本法が廃止されることなく施行された場合にも、当会は、国民・市民そして神奈川県民の権利が不当に制約されることのないようにするため、引き続き本法の廃止を求めるとともに、本法の運用を注視し、広く関係情報を提供するとともに、意見表明や提言等を行っていく決意である。

 

以上

2022年1月19日   

神奈川県弁護士会

会長 二川 裕之 

 

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重要土地等調査規制法の廃止等を求める意見書

 
 
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