2024年11月20日更新
1994年に日本が子どもの権利条約を批准してから30年が経過しました。子どもの権利条約は、それまで大人から守られる「保護の客体」として扱われていた子どもを、「権利の主体としての人」という捉え方に転換させるとともに、特に子どもの権利条約の一般原則(差別の禁止、子どもの最善の利益、生きる権利・育つ権利、子どもの意見の尊重)を指針としながら、大人と同様に一人の人間として持つ様々な子どもの権利の実現を求めるものです。
日本政府は、子どもの権利条約の批准後も、子どもの権利を具体化するための国内法を充分に整備しなかったため、子どもの権利の理念は、日本社会になかなか浸透しませんでした。
この30年の間に、子どもに対する男女の差別はかなり改善されてきたと言えるかもしれません。しかし、障がいのある子どもとそうでない子どもは、幼いときから隔てられ、両者がともに学べるインクルーシブ教育は、まだ実践段階にあります。また、大人社会の経済格差は広がる一方であり、貧困の連鎖により、子どもの貧困問題は深刻化しています。
子どもの自殺者数・児童虐待件数・不登校生徒数などは、いずれも過去最多の水準が続いており、子どもは生きる権利、安心できる環境で育つ権利や教育を受ける権利をおびやかされている状況にあります。家庭でも学校でも、すべての子どもたちの権利が現実に保障されている状況にあるとは到底言えません。
学校現場においては、当然のように頭髪や服装に関するルールや決まり(校則など)が設けられているところが少なくありません。実際に、神奈川県下において、大きな問題として顕在化されている状況ではありません。しかしその校則などが、子どもたちに対して、本当に必要なのか、子どもたちがその校則などができる過程で、意見を述べる機会があったのか、あったとしてそれが反映されているのか、あらためて顧みる必要があります。教育行政にかかわる大人たちは、校則などが、人権の制約につながるおそれがあるいるという側面を見逃してはなりません。
2013年の家事事件手続法の制定により、家事紛争等において、子どもが手続参加して意見を表明する制度が創設されましたが、2013年から2022年までの10年間で利用された件数(弁護士が子どもの手続代理人として選任された件数)は全国で合計わずか295件にとどまっており、父母等の当事者からも、裁判所からも、子どもの意見表明権の重要性が認識されていない状況が続いています。また、児童福祉法の改正により、2024年4月から、社会的養護のもとにある子どもたちの意見表明を支援する事業が全国的に展開されるようになりましたが、すべての子どもたちに対して、意見表明の機会が具体的に保障される社会にはなっていません。
2023年4月に、こども施策に関する基本理念を定めたこども基本法が施行されるに至り、同年末にはこども大綱が決定されました。また、同法成立後に改訂された生徒指導提要や閣議決定された教育振興基本計画においても、不充分ではありますが子どもの権利に関する記載がなされ、批准から30年経過し、日本はようやく子どもの権利が保障される社会への一歩を踏み出しました。
こども基本法の制定を受け、全国各自治体で、子どもに関する基本条例を制定する動きが見られます。神奈川県内では、2000年に川崎市が全国で初めて、「川崎市子どもの権利に関する条例」を定めました。2015年には相模原市が「相模原市子どもの権利条例」を、2022年には横須賀市が「横須賀市子どもの権利を守る条例」を定めました。このように神奈川県内では、国が子どもに関する基本法を定める以前から、行政機関が子どもの権利を保障することの重要性が認識されてきました。他にも、子ども・子育てに関する条例という形で、子どもに関する行政施策の理念を定める自治体が見られますが、その他の自治体も含め、子どもの権利を真正面から保障するような条例の制定が待たれます。
私たち大人は、子どもを未熟な存在としてではなく、大人と同じ対等な価値を持つ一人の人間として尊重しなければなりません。そのために、あらゆることについて、子どもの権利を意識し、子どもの権利を基盤にして子どもたちのことを考える必要があります。
そのためには、まず、子どもの権利を保障する義務を負う大人が子どもの権利を学び、理解しなければなりません。具体的には子どもの親権者、監護者、その他直接養育に関わる者に対しては、子どもが権利の主体であること、子どもの養育においては子どもの最善の利益が図られるべきことを再認識できるような啓発活動の継続が求められます。議員・裁判官・公務員・教員・保育士など、子どもに関わる職業にある者に対しては、国連子どもの権利委員会の一般的意見5号や、日本に対する総括所見で求められている、子どもの権利に関する体系的で反復した研修体制の構築が求められます。
また、パリ原則(国家機関(国内人権機関)の地位に関する原則)に則った子どもの権利に関する政府から独立した人権機関や地方公共団体の子どもの相談救済機関の設置が必要です。
以上のとおり、政府や自治体及び子どもに関わるすべての大人が、子どもの権利条約に基づいて子どもの権利保障を推進し、子どもの権利が尊重される社会とするために、あらゆる手段を講じることを強く求めます。
私たち弁護士会も、子どもの権利の普及啓発や子どもの人権相談、少年事件における付添人、児童虐待対応、家事事件における子どもの手続代理人、いじめ対応などの活動を通じて、子どもの権利が保障される社会の実現に向けて尽力していきます。
以上
2024年11月20日
神奈川県弁護士会
会長 岩田 武司
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