横浜弁護士会新聞

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2001年1月号(3)

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近代的、学究的な事務所から前近代的、義理人情の事務所に
 東京弁護士会の佐野隆雄先生の下で勤務弁護士として、弁護士登録以来、充実したイソ弁生活を送っていた。当時、佐野事務所は、上智大学教授(後に東大教授)の松下満雄先生を座長として、独禁法の勉強会を月に一度行うなど学究的雰囲気があった。
 私は、このまま佐野事務所で修行し、いずれは東京で独立したいと思っていた。ところが七七歳になった老父が、横浜で細々と弁護士をしていたが、出来の悪い息子でもいいから一緒に弁護士事務所をやりたいという希望を有し、息子の方も親孝行でもしようかという気持ちになったことから、佐野先生のお許しをいただいて、二年余のイソ弁生活に終止符をうち、横浜弁護士会に転籍することになった。
 転籍するに当たって、大類武雄先生と榎本勝則先生に紹介者になっていただき転籍した。その後、大類先生には、大学の研究室で同期の村瀬統一先生が所属していたこともあって、お心にかけていただき、特に大類先生の門下生である先生方にご厚誼を賜り、今日に至っている。榎本先生には、弁護士になりたての時から一方ならないご指導、ご援助をいただき、ご一緒に何度も事件をやらせていただいた。
 老父の事務所は、事件、相談件数も多くなく、私の訴訟事件といえば、佐野事務所で担当していた福島地裁に係属中の飯坂温泉のホテルの通行権訴訟と榎本先生のお手伝いをさせていただく事件と国選事件くらいのものであった。老父は、耳が遠いうえに明治生まれの極め付きの頑固さを売り物にしていたので、息子としては、近代的、学究的な佐野事務所から前近代的、義理人情の事務所への転換にとまどいを感じつつ、それでも形式的ながら一見親孝行的な自分に喜びを感じ取っていた。
 榎本先生のお手伝いをさせていただいた事件の一つにグライダーの墜落事故で、製造会社の責任を追求された事件があった。科学的思考を要する難しい事件であり、これを専ら榎本事務所の沼尾雅徳先生の優秀な頭脳に頼っていたところ、榎本先生が、鋭いカンによる推理から、接着不良の不具合を指摘、依頼者である会社を説得して訴訟の方針を決められ、無事円満に和解で解決した事件があった。写真は、この事件の打ち合わせに行く途中のものである。これが読売新聞に「ひんやり背広復活」として、涼しかったツユのある日、掲載された。榎本先生、沼尾先生、榎本事務所で修習していた清水徹さん(現東京地検検事)と一緒に写っている。
 横浜に転籍した頃は、仕事も暇だったせいか、専ら子づくりに励み、五年間で三人の娘を授かった。もっとも多少は忙しくなってきた一〇年後、長男を授かったから、暇と子づくりとは関係なさそうだ。
 裁判官から弁護士になった父は、浜松で弁護士をしていた祖父のところでなく、横浜で弁護士になるに際し、「草鞋千足を履き潰す」覚悟だったと述懐していた。私は、老いていたとはいえ、父の事務所に入り、承継しているのであり、弁護士生活三〇年になろうとしているが、未だ独立などできていないのかも知れない。


失敗談は数知れず が何故か身は痩せず
 横浜中央法律事務所に在籍させて頂き、もうすぐ三年目に手が届くという時期になりました。この間、法廷デビューで相手方の準備書面を受取るのを忘れたのを始めとして、失敗談は実に枚挙に遑がありません。
 初めて強制執行に立ち会った際のことです。自動車二台に対する強制執行だったのですが、いわゆる夜討ち朝駆けで、執行開始が休日の朝八時。場所は、住宅街の一画にある家の駐車場。執行官と債権者の要員が八名に運搬用トラック二台で住宅街には不似合いな物々しい雰囲気となっていました。
 債務者は不在でしたが家族がいたことから車の鍵を借り、運転してトラックの荷台に載せることにしました。が、ここで問題発生。一台がベンツで盗難防止装置が装備されていたらしく、これが作動してしまいキーを廻してもエンジンが掛からない。何度やってもだめ。このベンツは普段は債務者しか運転しないため家族もどうすれば動くか分からないとのこと。ディーラーに電話をして対処の仕方を聞こうとしても早朝のため連絡がとれず。債務者も出先で連絡が取れない。何ごとかというご近所の視線を浴びる中、債務者の家族にまで手伝って貰い、一時間ほど試行錯誤をしたもののエンジンは掛からないままです。
 執行官には「今日は午後の執行もあるんだよ、これが終わらないと困っちゃうなあ」と言われ、仕方が無いレッカー車を呼ぼうかと話をしていた丁度その時です。ベンツのエンジン音が静かにしかし実に力強く響き渡ったのでした。どういう具合でエンジンが掛かったのかは未だ不明ですが、この僥倖に一同はホッと胸をなでおろし、その後の執行も午前中に無事終えることが出来ました。盗難防止装置があるとは露知らず、下調べをきちんとしておくべきだったと反省をした次第です。
 さて、その後の失敗談も数知れず、ボスを青くさせたり赤くさせたりしておりますが、寛大な事務所なので未だ何とか席を確保できております。


 永井執行部は、一月二六日午後四時から開港記念会館にて臨時総会を開催することに決定、各会員宛に通知した。これは、二〇〇〇年一二月五日に佐久間会員外二五七名の会員らが、会名を神奈川県弁護士会に変更することを議案とする臨時総会を招集するよう請求したことを受けたものである。これで、いよいよ会名問題が総会の場で審議されることになった。
 この招集請求をした二五八名の会員は右のように会名変更を求めているが、これに対しては根強い反対論がある。両者の考えは、本紙の二〇〇〇年九月号で紹介したほか、双方及び理事者から多数の文書が各会員に送付されている。その議論の中では、手続に関する、(1)検討委員会の設置、(2)アンケートの実施、(3)常議員会での審議の三点につき意見の対立が顕著である。その賛否は会員各自の考えに委ねるとして、ここではこれ以上触れない。臨時総会で問題となる「数」について触れておきたい。
 二〇〇〇年一二月二二日現在で当会会員数は七二五名である。総会における会則改正の議事(会名の変更は、会則を改正しないとできない)については、会員の三分の一以上、つまり二四二名以上が出席しなけば総会を開会することができず、しかも議決には出席会員の三分の二以上の同意が必要である(会則一一四条)。但し、この定足数は、定刻から三〇分を経過すると七〇名以上の出席で足りることになっている。

 会名変更派の二五八名という数は、単独で本来の定足数を満たすものだが、全員が出席するというのはもちろん不可能であろう。まして、議決の際、果たして三分の二を超えることができるのか。反対派は、結集しえた人数を公表していないが、議決の際、三分の一以上を確保できるのか。数から言えば、賛否どちらにも意見表明していない会員が多数派ということになりそうだが、これらの会員が、総会への出席、議決権の行使について、どのような行動をとるのだろうか。いずれにしても、きわどい票差による決着にもつれ込みそうである。

 そこで、会全体として、これだけは確認しておきたい。結果がいずれになるにせよ、感情的な対立を避け、十分な論議を尽くすこと。県民やマスコミがこの間の経緯を注視していることを忘れてはならず、そもそも会内宥和を欠いては、司法改革も古きよき伝統もあったものではない。
 なお、決定的な対立を回避するため、「神奈川」や「かながわ」を選択してはどうかとの意見もある。
(広報委員長 木村良二) 

刑事弁護ガイドライン策定について活発な議論
 第一号ないし三号は人事案件、第四号は入会申込者入会許否の件である。
 第五号議案は、県立高校の人権救済申立事件について、当会が、学校長に対し警告を行うことに関する議案である。事実認定に関する質問の他、警告文の表現方法等に関する注文も多く、人権擁護委員会において再検討することになった。
 第六号議案も人権救済申立事件。被疑者の新聞社宛の手紙を投函しなかったことは、被疑者の憲法二一条の権利を侵害するとして、旭警察署に対する改善勧告を行うことが異議なく承認された。
 八号議案は、日弁連刑弁センター内の刑事弁護ガイドライン研究会策定にかかる刑弁ガイドライン(二次案)に対する当会の日弁連への回答の件である。理事者提案の概要は、次のようなものである。(1)二次案及び二次案を念頭においたガイドライン策定には反対する。(2)国選弁護の水準確保に関しては、次の両案を併記する。(甲案)弁護士研修の充実及び各弁護士会による国選弁護人推薦に関する規定の整備により対処すべきであり、最低基準の策定については慎重であるべきである。(乙案)弁護士自治を守るためにも日弁連による最低基準策定の必要性を認める。(3)刑弁ガイドラインは、現在検討されている国公選弁護制度を含め、弁護活動の自主性・独立性の確保を最重要課題として検討すべきである。
 このうち、(1)については、圧倒的多数で承認されたが、ガイドラインの策定自体の必要性、ガイドラインとは別に最低基準を設けることなどについては、活発な議論が展開された。そして採決の結果、(2)に関しては、甲案が承認され、(3)は全員一致で承認となった。
 第一〇号議案は組合費を給与から控除する「チェックオフ」に関する当会労働組合との労働協約締結の件、第一一号議案は、当会の事務職員の冬季賞与を例年どおり三・八ヶ月にすることについての承認を求めるものであり、いずれも理事者提案どおり承認された。
 第一三号議案は、会員に関する情報を当会のホームページに記載することに関するものであるが、会員のプライバシー保護や一般市民へ誤解を与える懸念などの問題について、更に検討を要するとして、今回は承認には至らなかった。
 四議案は撤回。他に報告案件が三件あり。
(副議長 瀬古 宜春) 

常議員からズバリひとこと
 今年度の常議員には、この問題については発言しないではいられないという方も多いが、議長の手腕もあって、動議等も会議の原則に則りつつ、和やかに進行されている。ただ、いつからの慣行か前年度の理事者がぞろぞろと常議員になっていることや、比較的若い期からの常議員が多いことから、どうしても発言者に偏りがあるように思う。
 機構改革推進本部でも議論されているところだが、意見の出しやすい適正な人数で、かつ、会全体の意見を反映するような常議員の選任方法を考えていく必要があると思う。
(35期  水地 啓子) 


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