横浜弁護士会新聞

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2004年2月号(1)

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相模原に支部会館開設

司法の民主化の新たな拠点として
相模原支部長  大谷 豊
 相模原支部は、現在33名の支部会員で構成されているが、この度、支部会員の長年の夢であった支部会館が設置され、支部の運営はすべてここで行われることになった。
 今まで支部事務局は、裁判所相模原支部庁舎内の弁護士控え室に置かれていた。しかし、首都圏支部サミットの準備会で、埼玉弁護士会越谷支部及び千葉県弁護士会松戸支部がそれぞれ支部会館を持ち、支部運営が活発に行われている現状報告があったこと、簡裁代理権の拡大が現実化し裁判所の弁護士控え室を弁護士が独占使用できなくなることも時間の問題であった。以前から相模原支部でも会館を持とうと、昨年8月ころから設置場所を探していたところ、裁判所の敷地から約30メートルの場所に、3階建てのビル1棟(総坪数51坪)の空きビルがあった。場所的に見ても、広さの点から見てもまさに支部会館に適しているため、早速借り入れ交渉を始めた。
 貸主との交渉では紆余曲折があったものの、昨年12月1日ようやく賃貸借契約締結にこぎつけ、12月25日に引越し、同月26日から支部事務局として正式に業務を開始した。支部会館の構造は、1階が支部事務局と法律相談センター相模原相談所、2階が弁護士控え室・打合せ室、そして、3階が集会室・会議室となっている。
 支部会館が設置されることは、もちろん、支部会員へのサービスや、横浜弁護士会全体の活動が活性化するというメリットはあるが、最大のメリットは、横浜弁護士会相模原支部が地域住民に認知され、市民に対しての司法サービスをより拡充できるところにあると考えられる。
 そして、支部会館は、会員の便宜を図る箱物にとどまらず、司法の民主化の実現を図る相模原地域の司法改革の一環として、地域住民とともに、地域の司法教育等を進めていくための重要な拠点となると期待するものである。

相模原支部会館開設祝
会長  箕山 洋二
 横浜弁護士会相模原支部会館が、本年1月6日、新たに開設された。
 相模原支部会館1階には、相模原法律相談センターも併設され、同日より運営されている。支部会規策定作業中から、私は『「所」を捨て町へ出よう』の合言葉で支部会員と共に夢を語ってきた。支部会館ができ、且つ、法律相談センターと併設されることには、多くのメリットがある。
 先ず、支部会館に、常時職員が勤務していることになる。誰かが休みをとったとしても、会館を閉鎖しなくて済むようになった。また、支部職員とセンター職員の事務の共通化が図れれば、これまで支部ではできなかった弁護士法二三条の二の照会手続き、印鑑証明、住所証明等の業務も行えるようになり、支部においても、会員は本部と同等のサービスが受けられるようになる。
 次に、支部管内の活動拠点としてのシンボルともなり、支部活動の一層の発展に繋がると考える。
 小田原支部も、2月末から3月末にかけて、支部会館を開設することになっているが、小田原支部は、その名称を「県西支部」に変更し、小田原市に限定せず、本来の管轄である地域を表明しようとしている。
 このように、支部の活動が活発になることは、横浜弁護士会にとっては、非常に重要なことである。弁護士会全体として、「力」を持つことになり、現在行われている司法改革に対応できる力をも併せて持つことになると考えている。支部会館を持つことには、多くのお金が必要である。初期投資だけでなく、ランニングコストも少なくないが、これらの費用は本来的に会が支払うべきもので、支部にその支出を求めるものではない。しかし、刑弁センターや法律相談センターにおける特別会費等の負担が平等であることは必要なことである。直ちに平等化することは難しいかもしれないが、数年内には平等化したいと思っている。
 全会員が結集して支部会館を支え、会の活動を盛り上げるようにしたいと考えている。会員各位に一層のご協力をお願いする。

期待と関心を集めて 相模原支部開所式
 平成16年1月24日、相模原教育会館において、横浜弁護士会相模原支部会館開所式が、横浜地方裁判所長他100名を超える多数のご参加を得て盛大に挙行された。開所式に先立ち、裁判所から徒歩30秒(?)にある3階建の会館を随時多数の方が見学した。
 開所式を通じて実感したのは、弁護士会に寄せる各方面の期待と関心の大きさである。まだ出来たてのほやほやで色々不便な点もあるが、弁護士会会員や市民の多数が利用できるように、支部会館の活動を充実させていくことを支部会員・事務局一同固く心に誓った開所式であった。

山ゆり
 「備えあれば憂いなし」先日もテレビで防災対策を特集していた。ガラスの破片に備え、枕元には靴を置いておくと良いとのこと。番組終了後、急いで下駄箱に靴を取りに行った
不安の収まらない私は、翌日は休みにもかかわらず早起きし、家具の転倒防止具を買いに行った。防災用品売場には大勢の人。不安なのは私だけではないようだ
驚かされたのは防災用品の種類の多さ。たばこの箱大に圧縮された防寒着、泥水でも飲めるストロー等見ているだけで飽きない反面、これも必要あれも必要と不安が一層高まる
あれこれ物色し、防水マッチ、ろうそく、懐中電灯などがセットになった防災リュックを買った。帰宅後はさらに必要なものをリストアップ。タオル、新聞紙、予備の電池等々、リュックに入り切らない程の量になってしまったが、まずは一安心。待てよ、家具の転倒防止具を買い忘れた。まあいいか。寝る場所を変えた
そういえば同じようなことが小学生のころにもあった。大地震が来るという噂で、祖母がリュックに着替えを詰めてくれた。子供だった私は漫画や玩具も詰め込み、持てない程の重さになったっけ。結局地震は来ず、忘れられたリュックはいつの間にかどこかに片づけられてしまった。私にとっての防災対策は、今も昔も一時の気休めでしかないようだ
「天災は忘れたころに…」できることなら忘れたままでいさせて欲しいのだが。
(狩倉 博之)

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