横浜弁護士会新聞

2006年11月号  −1− 目次

こんなに大きくなりました!法律相談センターが成人式 横浜弁護士会総合法律相談センター開設20周年式典開催
 9月20日、横浜インターコンチネンタルホテル3階ボールホールにおいて、横浜弁護士会総合法律相談センター(以下、「法律相談センター」)開設20周年記念式典が催された。
 昭和61年に産声をあげ、現在では市民の司法アクセスの場として定着した法律相談センター。今回の式典は、その歴史を振り返るとともに、今後の法律相談センターの未来像を描く節目として企画されたものである。
 式典では、弓場副会長による開会の辞に続き、当会会長による挨拶がなされた。挨拶の中で当会会長は、法律相談業務は法的援助を必要とする市民のためのものであるという大原則に触れ、10年後法律相談センターの設立30周年を盛大に祝うためには会員各自の一層の自覚と努力が必要であると力強く訴えた。
 続いて、法律相談センターの20周年のあゆみを振り返るスライド上映が、佐藤裕、吉川千惠子両会員の進行に従い行われた。法律相談センター本部及び相模原・小田原・川崎・横須賀等の県内各法律相談所の開設と発展の歩みを写真や横浜弁護士会新聞の記事を中心として振り返るものとなった。相談件数も10年前と比べ、年間約一万件増加したとのことである。
 続いて、20年間継続して法律相談業務に携わってきた当会会員64名の表彰が行われ、表彰者を代表し寒河江晃会員より謝辞が述べられた。
 表彰の後、「はい、横浜弁護士会総合法律相談センターでございます」と題した寸劇が上演された。寸劇は、法律相談センターへの申込から相談、受任までの一連の流れの中に、法律相談業務のシステム・各種法律相談の内容をわかりやすく織り込む内容となっており、法律相談センターの業務の内容を楽しみながら理解できるものであった。寸劇は、相談者・相談担当弁護士・センターのスタッフに扮した、当会会員・弁護士会事務職員・司法修習生の熱演もあり会場の所々から笑いが漏れ、盛大な拍手のなか幕を閉じた。
 最後に、法律相談センター運営委員会委員長からの挨拶、延命副会長による閉会の辞で式典は終了した。式典終了後は、懇親会が催され、出席者の間で親交が深められた。
 法律相談センターは「市民に開かれた弁護士会」の象徴と言っても過言ではない。今回の式典を契機として、今後の益々の業務の拡大と発展が期待されるところである。

ADRがいよいよ本格始動 第10回全国仲裁センター連絡協議会
 10月29日に、ローズホテルで、第10回全国仲裁センター連絡協議会が開催された。
 主催は日弁連で、担当単位会が当会という形式で行われた。
 来年4月1日から、所謂ADR(裁判外紛争解決手続)推進法が施行されることから、「弁護士会ADRの課題と展望〜ADR法の施行に向けて〜」と題して、2部に分けて午後1時から午後5時まで行われた。
 1部は、一橋大学法科大学院山本和彦教授による基調講演がなされた。基調講演の内容は現在ADR関係で問題とされている多岐に亘る論点について、丁寧で分かりやすいものであった。ADR法の目指すもの、認証制度、機関間連携、手続実施者のあり方等が、主な論点であった。
 2部は、パネルディスカッションで、パネラーとして、法務省の内堀宏達司法法制部付検事、京都大学法科大学院山田文教授、横浜市まちづくり調整局から黒田浩氏、社団法人全国消費生活相談員協会から岩澤禮子氏、第二東京弁護士会所属山崎司平弁護士、愛知県弁護士会所属渡邊一平弁護士および1部で講師をつとめられた山本教授に御出席いただいた。
 当会の富雄会員の司会のもと、議論は活発に行われ、新たな視点によるADRの理解についての発言も多数あった。ISO規格による世界的基準の設置やADRを専門とするADR士の養成なども提言された。
 内堀部付検事によると、弁護士会かADRセンターが主体となって法務省に認証申請する場合は、ADRの特別会計で足りるということであった。
 参加人数は、133名で、長崎県弁護士会や札幌弁護士会等、全国の単位会からの出席があり、途中退席者も殆どおらず、盛大な協議会となった。
 また、協議会に引き続き行われた懇親会にも、約80名の出席があり、賑やかな懇親会となった。
 来年は、愛知県弁護士会が担当単位会となり、9月28日に開催される予定となっている。

山ゆり
 ドブロヴニク。『アドリア海の真珠』と讃えられるクロアチアの美しい街を昨夏訪れた。空の蒼。海の藍。ダルマチアの陽光が輝かせる赤い屋根。見る者の目を焼くような鮮やかなコントラストが世界中から多くの人々を惹きつけてやまない
 東西貿易の要衝たる都市国家として15世紀に黄金期を迎えたこの街は、同時に哀しい歴史も抱えている。1991年から始まったユーゴスラビア内戦。民族・宗教・言語のモザイク国家、ユーゴスラビアの解体と共に始まった凄惨な戦いにこの美しい街も否応無く巻き込まれた。旧ユーゴ人民軍・セルビア人勢力の8か月にわたる包囲戦によって中世以来の町並みの8割が損壊。死の街と化した
 街はユネスコ等の支援を得た市民の必死の努力により現在では往時の美しい姿を取り戻している。壁を、屋根を、城壁を。古文書を紐解き、当時の製法、当時の材料で少しずつ修復していった人々の努力と情熱には感嘆を覚えるばかりである
 民族、国家、宗教、そして戦争。あの街を1度は瓦礫に変えた『理由』について当事者でない僕が語るべき言葉はない。歴史の傍らに凛と佇んでいたあの街や海が、そんな『理由』に2度と巻き込まれることがないようにただ祈るだけである。
(山田 一誠)

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