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会長声明・決議・意見書(2026年度)
民事法律扶助制度における報酬基準の大幅な引上げによる適正化等を求める意見書 |
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2026年08月28日更新
民事法律扶助制度における報酬基準の大幅な引上げによる適正化等を求める意見書
第1 意見の趣旨
日本司法支援センター(以下「法テラス」という。)が実施する民事法律扶助制度について、市民の司法アクセスを実効的に保障し、持続可能な司法基盤を維持するため、国及び法テラスに対し、近年の物価動向及び業務実態を適切に反映した報酬基準の大幅な引上げによる迅速な適正化と、物価スライド制などによる継続的に見直される制度の導入を求めるとともに、償還免除の抜本的拡大などによる利用者負担の軽減を含む制度改革を強く求める。
第2 意見の理由
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20年間据え置かれてきた報酬基準とその限界
現行の民事法律扶助における弁護士報酬基準は、2006年の法テラス発足以来、消費税率改定に伴う調整を除いて、約20年にわたり実質的に据え置かれている。
しかし、この間、民事法律扶助が対象とする事件は、量的にも質的にも著しく複雑化・困難化している。とりわけ、離婚、親権、養育費等の家事事件、DV・児童虐待を伴う案件、多重債務、労働問題、消費者被害事案などにおいては、新制度の創設などにより法的争点そのものが複雑化しているところである。さらに、当事者間の対立の深刻化、デジタル化への対応、関係機関との連携等、弁護士に求められる対応範囲はこの20年の間に大きく拡大している。
加えて、扶助利用者には、経済的困窮に加え、精神的不調、社会的孤立、生活基盤の脆弱さなど複合的な困難を抱える方も多く、弁護士には法的支援にとどまらない丁寧なコミュニケーションや継続的支援が求められる場面が増加している。
その結果、弁護士が各案件に投入すべき時間、労力及び対応負担は増大しているにもかかわらず、報酬水準が長期間実質的に据え置かれている現状は、制度の持続可能性に重大な懸念を生じさせている。 -
物価高騰及び事務所維持コストの増大
近年の急激な物価上昇は、法律事務所の運営にも深刻な影響を及ぼしている。
事務職員の人件費、事務所賃料、光熱費、通信費、消耗品費に加え、近年では判例検索サービスを始めとした各種ITシステム利用料など、20年前には一般的ではなかった新たな業務コストも恒常的に発生しており、法律事務所の必要経費は継続的に増大している。
実際に、2006年と2026年の物価を比較すると、消費者物価指数(全国 総合 2025年基準)は85.2(2006年度平均)から102.0(2026年7月時点)へ約20%上昇し、国家公務員総合職(旧Ⅰ種・大卒)の初任給は17万9200円(2006年4月時点)から24万2000円(2026年4月時点)へ約35%上昇し、神奈川県の最低賃金は717円(2006年10月1日)から1279円(2026年10月1日)へ約78%上昇し、定形郵便料金は80円から110円へ約38%上昇している。
このように、物価、人件費及び事務コストが大幅に上昇しているにもかかわらず、民事法律扶助報酬のみが約20年間にわたり実質的に据え置かれた結果、民事法律扶助制度に著しい不均衡が生じている。
他方、現行の民事法律扶助報酬は、多くの事件類型において通常の弁護士報酬基準を大きく下回る水準にとどまっており、案件によっては投入した時間や労力に見合う対価を十分に確保できない場合も少なくない。このような状況は、地域司法を支える法律事務所の経営基盤に深刻な影響を与えている。 -
物価・経済動向に応じたスライド制等の継続的改定制度の導入
今回の報酬基準の適正化にあたっては、単に一過性の大幅な引上げにとどまらず、将来にわたって制度疲弊を再発させないための仕組みづくりが不可欠である。
現行制度が20年もの長期にわたり実質的に改定されず放置された最大の要因は、経済情勢の変化を自動的かつ定期的に反映する改定システムが存在しなかった点にある。
したがって、消費者物価指数、国家公務員給与(人事院勧告)等の各種経済指標を適切に反映させる「スライド制」の導入や、少なくとも数年ごとの定期的な検証・改定を行うための仕組みを設けるなど、社会経済情勢の変動に即応して継続的に基準を見直す恒久的な制度設計を早急に確立すべきである。 -
現行報酬基準における具体的事件類型別の問題点
現行の民事法律扶助報酬基準においては、実際の業務量や事件の難易度・負担が適切に評価されていない。具体例は枚挙に暇がないが、例を挙げると、実務の現場からは以下のような具体的問題点が指摘されるところである。
①離婚事件:法改正に伴い、弁護士の業務は質・量ともに複雑化している。多岐にわたる問題への対応を要する場合も多いが、私選事件と比較して著しく低廉な水準にとどまっている。
②被告(相手方)事件:原告側事件とは異なる形で、主張・立証の準備等に時間と労力を要する場面も少なくないが、原告側と比較して一律的に低廉な報酬基準が適用されるケースが多く、業務実態に見合った評価がなされていないとの指摘がある。
③自己破産申立事件:依頼人との調整や打ち合わせに多大な時間を要し、依頼人側と連絡が取れないために準備が中断することもあり、他の事件とは異なる性質の負担が多く発生する。また、同時廃止事件と管財事件とで弁護士の負担差があるにもかかわらず、これが報酬額に十分に反映されていないとの指摘もある。
④労働審判事件:第1回期日までにすべての主張・証拠を揃える必要があり、短期間に膨大な作業を求められるが、着手金は低廉な水準となっている。また、通常訴訟に移行した場合にも、報酬の加算額は小さく、労力に見合わないとの指摘がある。 - 司法アクセス保障への重大な影響
民事法律扶助制度は、資力に乏しい市民であっても必要な法的支援を受けることを可能にするものであり、憲法第32条が保障する裁判を受ける権利を実質的に保障するためにも重要な制度である。しかしながら、制度運営が弁護士個人の過度な献身や事実上の持ち出しに依存し続けることには限界がある。
かつて民事法律扶助事件は、若手弁護士が実務経験を積む機会や公益的活動として一定程度支えられてきた面もあった。しかし、もともと低廉な水準であった報酬が、20年にわたり維持された結果、現在では、長年制度を支えてきたベテラン・中堅弁護士のみならず、若手弁護士を含め、扶助事件の受任を控える傾向が生じている。
現行の報酬水準が維持された場合、扶助事件の受任を控える弁護士の増加や契約弁護士の減少を招き、結果として、生活困窮者、DV被害者、高齢者、障がい者その他法的支援を必要とする人々が適時・適切な司法救済を受けられなくなるおそれがある。
これは、個々の弁護士の問題ではなく、市民全体の司法アクセスに関わる構造的課題である。 - 償還免除の抜本的拡大など利用者負担の軽減策
日本弁護士連合会においては、2023年3月3日の臨時総会決議において、①原則給付制への転換、②法律援助事業の対象拡大、③報酬の適正化を課題として位置付け、2024年2月15日付意見書においても、①報酬の抜本的改善と、②原則給付制への転換や償還免除の抜本的拡大など利用者負担の軽減を求めているところである。
報酬基準の適正化を推進するにあたっては、市民にとって利用しやすい民事法律扶助制度の実現のために、償還免除要件の大幅な緩和・拡大など利用者負担の軽減策も合わせて検討される必要がある。 - 制度維持に必要かつ十分な予算措置を講じる必要性
報酬水準の適正化や利用者負担の軽減策を講じるためには、必要かつ十分な予算措置が不可欠である。
民事法律扶助制度は、法の支配を社会の隅々まで行き渡らせるための基幹的制度である。これを支える法テラスへの財政支出は、国家予算全体から見れば極めて限定的である一方、その社会的便益は極めて大きい。司法アクセスの保障は、単なる福祉政策ではなく、法の支配を基盤とする国家における基本的人権保障の根幹である。
したがって、国においては、本制度の維持・発展に必要かつ十分な予算措置を直ちに講じる必要がある。
第3 結語
以上のとおり、現行の民事法律扶助報酬基準は、事件の複雑化・困難化及び近年の急激な物価高騰に照らして著しく妥当性を欠くものとなっている。現行制度は有志の弁護士による過度な献身と実質的な持ち出しの上に辛うじて成り立っているが、個々の弁護士の善意や使命感への過度な依存はすでに限界を迎えており、制度の持続可能性は重大な危機に瀕している。また、市民の司法アクセスを実効的に保障するためには、報酬の適正化のみならず、利用者に過度の負担を課さない仕組みづくりや国の必要かつ十分な財政措置が不可欠である。
よって、当会は、国及び法テラスに対し、物価動向及び業務実態を適切に反映した扶助報酬基準の大幅な引上げによる迅速な適正化と、物価スライド制の導入などによる継続的に基準を見直す仕組みの構築を求めるとともに、償還免除の抜本的拡大などによる利用者負担の軽減を含む制度改革を強く求めるものである。
以上
2026年8月27日
神奈川県弁護士会
会長 三 浦 修
