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会長声明・決議・意見書(2025年度)

横浜地方検察庁検察官による取調べにおいて人格権侵害及び黙秘権保障の趣旨に反する取調べが行われたことに関する会長声明

2025年06月27日更新

 犯人隠避教唆事件の被疑者として逮捕・勾留された当時弁護士であった江口大和さんは、この間に、横浜地方検察庁の検察官から黙秘権及び人格権を侵害する違法な取調べを受けたとして、東京地方裁判所に国家賠償請求訴訟を提起した。

  この事案は、江口さんが検察官による逮捕直後の弁解録取手続の時点から、黙秘権を行使する旨を明言し、その後も黙秘を続けていたにもかかわらず、21日間・合計約57時間取調べを受けたものであるが、その取調べ状況を記録した録音録画記録媒体には、検察官が、江口さんを「ガキ」「お子ちゃま」「僕ちゃん」と呼び、「あなたの弁護士観はお子ちゃま発想だ。ガキだよね。子どもが大きくなっちゃったみたいなね。」と述べたり、江口さんの中学生時代の成績を揶揄したり、「どうやったらこんな弁護士ができあがるんだ。刑弁教官は誰。聞きに行こうかな。」と述べたりするなど、繰り返し罵倒、威圧、侮辱、揶揄する状況が記録されていた。

 2024年7月18日、東京地方裁判所は、この事案について、取調べにおける検察官の言動は、江口さんの人格を不当に非難するものであり、江口さんが黙秘を続けていたにもかかわらず、これらの発言が一方的かつ執拗ともいえる程度に繰り返されていたことからすれば、これらの発言は、これを受ける者が反論せずに看過することが困難な程度の人格的な非難を繰り返すことにより、その者に黙秘を解いて何らかの供述をさせようとしたものと評価せざるを得ず、黙秘権の保障の趣旨にも反する行為であるなどとして、国に対し賠償を命じる判決をした。この判決に対して国は控訴をしなかった。

 なお、江口さんは、この判決に対し、黙秘する被疑者に対する取調べの継続自体を黙秘権侵害としなかったのは誤りであるとして控訴したが、2025年2月6日、東京高等裁判所は、原判決を是認して控訴を棄却している。

 

 日本国憲法第38条第1項は黙秘権を保障している。被疑者が黙秘権行使の意思を明確にしているにもかかわらず、反省を促すためとか、供述するよう説得するためといった理由で取調べを行うのは、供述の強要に他ならない。黙秘権行使の意思を明確にしている被疑者に対して取調べを受けることを強いるのは、それ自体が黙秘権を侵害する違憲・違法な行為というべきである。ましてや、検察官が、被疑者を罵倒、威圧、侮辱、揶揄するなどして人格権を侵害することは断じて許されることではない。

 ところが、本事案のように、検察官が、黙秘権行使をしている被疑者に対して長時間、取調べという名目で人格を否定する言動や威圧的な言動を繰り返し、重い精神的苦痛を与え、不安を覚えさせて、検察官の心証に沿う供述をするよう執拗に求め続けることは、決して珍しいことではない。

 すなわち本事案は、検察官個人の資質や能力のみに起因するものと捉えるべきではなく、検察官の取調べにおいて人格権侵害という違法な行為が行われ、ひいては黙秘権の保障の趣旨に反すると評価される行為が行われるに至ったことは、検察庁全体の問題というべきである。

 

 また、本事案において、検察官による違法な取調べが続いたことの責任の一端は、裁判所にもあると言わざるを得ない。

 江口さんが身体拘束されてから11日目に、横浜地方裁判所裁判官は、検察官からの求めに応じて勾留を10日間延長する裁判をした。これに対して江口さんの弁護人は準抗告を申立てたところ、横浜地方裁判所は、「被疑者を取調べることが必要」などとして、これを棄却した。

 裁判所は、江口さんが一貫して黙秘権行使をしていることを知りながら、「被疑者を取調べることが必要」などとして身体拘束期間の延長を認めたのであり、憲法が保障する黙秘権の意義からして大きな疑問があるものと言わざるをえない。

 現に、本件において裁判所が勾留延長を認めたことを受けて、検察官は江口さんに対し、「黙秘の決意は変わらないから、これ以上調べをやるのは、自白を強要するのは、黙秘権の侵害だとかわけの分からないことを主張して(中略)。全然、裁判所はむしろそれを、その主張を排斥するために、今後もあなたの取調べをする必要があるということをね、はっきり書いてくれているわけで。だから、全然通用していないですよ、あなた方の主張っていうのは。」と発言していることが録音録画記録媒体に記録されており、裁判所による勾留延長の判断が、検察官による人格権侵害及び黙秘権保障の趣旨に反する取調べを助長させているのである。

 このような、身体拘束を、自白を強要し無罪主張を困難にさせる手段として機能させる、いわゆる人質司法と呼ばれる我が国の勾留・保釈制度の運用に対しては、日本弁護士連合会は、憲法及び国際人権法に違反するものであり、速やかに解消されるべきであるとして何度も意見を表明してきている(日弁連「新たな刑事司法制度の構築に関する意見書(その1)(2012年6月14日)、日弁連「人質司法の解消を求める意見書」(2020年11月7日))。

 

 当会は、検察庁に対し、検察官が人格権侵害及び黙秘権保障の趣旨に反する取調べを行ったことに抗議するとともに、検察庁が組織全体として深く反省し、全力で再発防止を図るよう強く求める。

 また、当会は、裁判所に対し、憲法が保障する黙秘権及び身体不拘束の原則を無視ないし軽視する身体拘束がされている運用に抗議するとともに、各裁判官が黙秘権及び身体不拘束の原則を理解し、人質司法を解消するよう強く求める。

以上

 

2025年6月26日

神奈川県弁護士会

会長 畑中 隆爾

 

 
 
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