2026年07月23日更新
本年6月16日、自由民主党・無所属の会、日本維新の会、国民民主党・無所属クラブ及び参政党の衆議院4会派が共同提出した「国旗の損壊等の処罰に関する法律案」が、同月30日に衆議院本会議で、同年7月17日に参議院本会議で、それぞれ可決され、成立した。 しかし、この法律(以下「本法」という。)には、以下のとおり、憲法上重大な問題があり、国会の審議を経てもなお、憲法違反の懸念は強く、解消されていない。
本法は、人に著しく不快又は嫌悪の情を催させるような方法により、公然と国旗を損壊し、除去し、又は汚損する行為(以下「国旗損壊行為」という。)について、2年以下の拘禁刑又は20万円以下の罰金に処するというものである(第2条第1項。以下、この処罰に係る罪を「本罪」という。)。ここで「国旗」とは、国旗及び国歌に関する法律に定める国旗として用いられていると社会通念上認められる有体物をいう(第1条)とされ、自己所有のものも含まれる。
まず、本罪の構成要件はその内容自体が不明確であり、罪刑法定主義(憲法第31条)から派生する明確性の原則との関係で重大な問題を有している。 ある行為が犯罪行為として処罰の対象になるか否かを左右する刑罰法規の内容は、具体的かつ明確に規定されなければならない。そうでないと、国民・市民は何が処罰される行為なのかを判断できず、必要以上に広範な行為について萎縮効果をもたらすことになり、同時にそれは、公権力の恣意的な運用と処罰を招くことにもなる。 しかるに、「人に著しく不快又は嫌悪の情を催させるような方法」という規定は、余りにも主観的かつ抽象的に過ぎ、その該当性判断は、「行為の外形、周囲の状況その他の客観的な事情を総合的に勘案して行う」(第2条第2項)とはいうものの、結局、その行為の社会に与える印象や多数者の受け止め方、さらには訴追側の意思などに依存することになり、一般人にとっていかなる行為が禁止されるかを事前に把握することが著しく困難である。 「公然と」という要件についても、例えば、公然と国旗を損壊等する行為と、附則第2項で処罰の対象外とされる損壊等した国旗を公然と陳列する行為等との区別はあいまいであり、「国旗」の範囲も、国旗を模した図柄等は「国旗」なのか、映像や創作物中の国旗は「有体物」なのかなど、判然としない。
また、憲法第21条が保障する表現の自由は、民主主義社会の基礎をなす重要な権利であり、これを規制する立法、とりわけ刑罰法規は、格別に明確であることが求められる。しかし、本法は、表現を規制するものでありながら明確性を欠くものであり、表現行為について大きな萎縮効果をもたらしかねない。 国旗損壊行為は、文化的芸術的行為として行われるものを含めて、何らかの政治的、思想的又は社会的メッセージを表現する行為として行われることが少なくないと考えられる。自由な言論、特に国家や政府あるいは社会の在り様に対する批判や風刺を含む表現行為は、民主主義社会の健全性にとり絶対的に必要不可欠なものであって、たとえ多数者にとって不快であり、感情的反発を招くものであったとしても、その規制や抑圧は、とりわけ慎重かつ謙抑的でなければならない。
そして、本罪の創設によって実現しようとする保護法益は、「国旗を大切に思う国民感情」(附則第2項参照)だとされるが、これもあいまいかつ漠然としたものであり、かつ、国旗を大切に思うか思わないかは各人の自由に属する問題である。本罪のように、国旗損壊行為という国旗に対する否定的態度を刑罰をもって規制することは、国旗に対し敬意を払うべきことを国民に強制することにつながりかねないものであり、憲法第19条が保障する内心の自由を脅かす危険がある。
以上のとおり、本法は、罪刑法定主義(憲法第31条)、表現の自由(憲法第21条)及び内心の自由(憲法第19条)に抵触する問題がある。
また、基本的人権を侵害する危険性のある本法を、あえて制定する必要性、すなわち立法事実があるともうかがわれない。現行法上、暴行罪、傷害罪、器物損壊罪、威力業務妨害罪、公務執行妨害罪等が存在しているところ、国旗損壊行為について、これらの各罪に該当しないため必要な処罰をすることができないという事態が相次いだ等の立法事実は、国会の審議においても明らかとされていない。それにもかかわらず、新たな犯罪類型を設けようとすることは、刑罰法規による法益の保護は他の手段で十分でないときに初めてそれを補う形で用いられるべきであるという謙抑性の原則にも反する。
よって、本法は、罪刑法定主義ないし明確性の原則に反する疑いが強く、また、表現の自由及び内心の自由を侵害するおそれが強い。
本法については、日本弁護士連合会及び全国の多くの弁護士会が、反対する会長声明を相次いで発出してきたほか、衆参両院における内閣委員会での参考人意見聴取の場でも、複数の学者から違憲又はその可能性が高い旨、指摘されていたところである。 当会は、本法に反対し、国会における本法の成立に強く抗議するとともに、今後に向けてその廃止を求めるものである。
2026年7月23日
神奈川県弁護士会
会長 三浦 修
このページの先頭へ