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会長声明・決議・意見書(2002年度)

簡易裁判所の事物管轄についての意見書

2002年09月12日更新

横浜弁護士会
会長 池田 忠正


簡易裁判所の事物管轄についての意見書 

第1 意見の趣旨
 

  1. 簡易裁判所の事物管轄を引き上げることについて反対である。
  2. 簡易裁判所の事物管轄について、その事物管轄を超えて、地方裁判所の事物管轄と競合する範囲を設ける制度の導入は、反対である。


 

第2 意見の理由
 

  1. 現在、司法改革推進本部の司法アクセス検討会では、簡易裁判所の事物管轄の引き上げの問題が検討されている。また、本年7月17日の検討会の際には、簡易裁判所の事物管轄をその本来の事物管轄を超えて、地方裁判所の事物管轄と競合する範囲を設ける制度というような、従来想定もされなかったような議論までなされている。
  2. このような検討がなされているのは、司法制度改革審議会の意見書に、「 簡易裁判所の管轄拡大」として、「簡易裁判所の事物管轄については、経済指標の動向等を考慮し、訴額の上限を引き上げるべきである。」とされ、さらに「簡易裁判所の事物管轄を定める訴額の上限が90万円と定められたのは、昭和57年の裁判所法改正によるが、軽微な事件を簡易迅速に解決することを目的とし、国民により身近な簡易裁判所の特質を十分に活かし、裁判所へのアクセスを容易にするとの観点から、簡易裁判所の事物管轄については、経済指標の動向等を考慮しつつ、その訴額の上限を引き上げるべきである。」と結論づけられているからである。

    ただ、この意見書では、簡易裁判所の基本的性格を維持しながら、経済指標等を考慮しつつ、事物管轄の引き上げをはかるという程度のものであって、簡易裁判所の基本的性格を見直そうとしているものではない。
  3. そもそも、簡易裁判所の基本的な理念は、地方裁判所と比較して国民により身近な裁判所として利用しやすく、軽微な事件を簡易迅速に解決するということにある。そのために、訴訟事件においても、口頭による申し立ても受け付けられるようにし、司法委員による和解の促進の制度、など簡易裁判所の審理に関する特則が設けられている。さらに、その簡易裁判所の機能をより明確にするために、少額訴訟の制度も設けられた。
  4. このような理念に基づいて設置されたはずの簡易裁判所でありながら、残念なことに、現在の簡易裁判所の民事訴訟は、様々な病理現象が生じている。そして、未だにそのような病理現象を正面から捉えて改革の方向を検討する議論はなされていない。このため、司法制度改革審議会においても、また、司法改革推進本部司法アクセス検討会でも、簡易裁判所の実情と病理現象を把握しているようには思えないのである。

    病理現象と思われる点をあげると次のとおりである。

    (1) 第二地方裁判所化

    これまで、簡易裁判所の事物管轄は幾たびか引き上げられてきており、総事件数において、全民事訴訟事件の5割程度となるように上限の額が引き上げられてきた。そのために、簡易裁判所の取り扱う民事訴訟事件数は飛躍的に増加してきた。しかし、一方では人的・物的施設の合理化が進められてきていたため、事件数の増加に見合うだけの、受け入れ態勢の充実化ははかられてこなかった。

    そのため、簡易裁判所としては、事件をこなすのに精一杯であり、簡易裁判所の理念を生かした、国民により身近な裁判所としての役割はほとんど機能しなくなってしまったといってよい。

    実際には、少額訴訟制度を除けば書面主義ではない国民に利用しやすい制度の運用はほとんどなく、逆に地方裁判所と同様の書面主義で行われている。実際には多くの事件が、第一回口頭弁論期日において、欠席判決、被告出席の場合は司法委員の助力を得て分割払いの和解、争いのある場合にも多くの事件については地方裁判所に移送する、というような方法によってこなしているというような状況である。対審事件を簡裁自ら丁寧に審理するということは、少なくなっている。

    このような状況では、簡易裁判所は本来の機能を喪失してしまっているといわざるを得ない。

    司法アクセス検討会での議論においても、地裁の負担を軽くするために簡裁の事物管轄の上限を引き上げるという議論があるが、簡易裁判所の本来の機能を見失った議論というほかはない。

    (2)簡易裁判所の負担割合の現状

    全民事訴訟の簡裁の負担割合率は、平成13年度において66.5%となっており、過去最高の割合となっている。しかも、事件数自体は、平成元年 の11万3647件から平成13年の31万9812件と3倍近くの増加を示しており、この増加傾向は今後も続くことが予想されるのである。

    過去の事物管轄の引き上げの際には、簡裁の負担割合はいずれも3割台だったのに比して、今回は、全く逆転している。事物管轄を大幅に引き上げた場合には、負担割合は7割から8割に達することになりかねない。

    一方、この間、簡易裁判所判事の人数も、職員の人数もほとんど増えていないという実情である。簡易裁判所には、事件数の大幅な増加を受け入れられる余力は全くない。

    (3)消費者金融訴訟の激増

    このように民事訴訟事件数が激増しているのは、消費者金融関係の訴訟事件が激増しているからである。簡裁民事訴訟事件の8~9割を占めているといわれている。現在の簡易裁判所は、いわば、消費者金融関係会社の取立機関化しているといわれているのである。

    (4)平均審理期間2ヶ月の実態

    簡易裁判所での平均審理期間が約2ヶ月といわれており、確かに統計上はそのような短期となっていると思われる。しかし、それが、簡易裁判所の理念に沿うものであるか、疑問なしとしない。簡裁民事訴訟の第一回期日の実情が、前述のようなものであるからである。しかも、たとえば午前10時の時刻に約20件もの事件が指定されていて、出頭した当事者が1時間以上待たされることも少なくなかったりする。丁寧な審理がなされているようには思われない。

    平成14年3月28日付けの日弁連消費者委員会の「消費者訴訟における司法アクセス(裁判管轄)の現状に関する調査報告書」では、平成13年9月から10月における東京簡裁で終結した事件100件について内容を調査しているが、そのうち2件では、答弁書が提出されているにも関わらず、被告欠席のために欠席判決された事例が2件紹介されている。また、法律相談にも、司法委員の和解でも、裁判官や司法委員が被告の抗弁を十分に聞いてくれずに分割払いの和解をしてしまったという苦情も少なくない。

    猛烈に忙しい簡裁判事が、激増する事件の処理に追われて、当事者特に被告の主張を十分に聞くことなく、事件を処理した結果が、この平均審理期間約2ヶ月という「迅速性」の実情なのではないだろうか。

    (5)少額訴訟制度の負担

    このような簡易裁判所の病理現象を改善するために導入されたのが、少額訴訟制度である。この制度は、利用者からみて非常に評判がよいものである。

    しかし、簡易裁判所の関係者からは、必ずしも歓迎されているわけではない。なぜならば、通常訴訟事件の数倍は、準備等のために手間暇がかかるからである。

    簡易裁判所本来の機能の実現を目指す少額訴訟制度が、簡易裁判所に根付き、さらに発展できるよう、簡易裁判所の人的物的機能を充実させる必要がある。

    (6) 独立簡易裁判所の設備の悪さ

    もう一つ付け加えて、独立簡易裁判所の設備が非常に悪いことも付け加えておかねばならない。神奈川県では、横浜簡易裁判所よりも独立簡易裁判所である神奈川簡易裁判所の方が事件数は多いのに、物的人的設備はきわめて貧弱である。法廷が狭いため、開廷日に順番を法廷内で待つことも困難である。和解のために使用する部屋が足りないこともしばしばである。また、独立簡裁ではほとんどエレベーターなどはなく(新築中の鎌倉簡裁にもエレベーターはない)、身体障害者は利用することも困難である。

    司法アクセス検討会の委員が見学した東京簡裁(あるいは神奈川では横浜簡裁)を簡裁の実情と考えるとすれば、基本的なところで見誤るというべきで ある。
  5. 以上のような簡易裁判所の実情を考えた場合、これ以上の簡易裁判所の事件負担を増やすことは反対である。現在の簡易裁判所には、事物管轄の大幅引き上げに耐えうるだけの余力があるとは思えない。また、簡易裁判所の理念を尊重するのであれば、一般民事訴訟事件ではなく、少額訴訟制度が定着するように、簡易裁判所の人的物的設備の充実を図ることが現状で求められることであり、訴訟事件等の負担をこれ以上増やすことは簡裁の機能をより悪化させることにしかならない。

    もし、司法制度改革審議会の意見書を尊重するとしても、物価指数の上昇率にあわせた事物管轄の引き上げにとどめるべきであり、これすらも、訴訟事件等の増加傾向が止まらない現段階では賛成しがたいところである。
  6. 加えて、地裁の事物管轄と一部競合させるというような考え方は、賛成しがたい。

    簡易裁判所では、弁護士以外の代理人が認められているため、簡易裁判所の利用頻度の高い金融機関等では、社員を代理人として訴訟活動をしている。この代理人は、せいぜい和解権能を与えられているにすぎず、本格的な訴訟活動、あるいは法的な分析力、倫理性については問題が多い。

    競合的事物管轄を認めることとなれば、本来、地方裁判所で弁護士が代理人としてなすべき行為の多くを社員代理人として処理させるということとなるのであって、単に、問題のある訴訟行為を増加させることにしかならない。


従って、このような制度を認めるべきではない。

 
 
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