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会長声明・決議・意見書(2010年度)

司法試験合格者数の減少を求める意見書

2011年02月10日更新

2011(平成23)年2月10日
横浜弁護士会 会長 水地 啓子

第1 意見の趣旨

司法試験合格者数を減少させ,当面の間は年間1500人程度とするのが相当である。
ただし,減少にあたっては,即時に1500人程度にするのではなく,段階的に減少させるべきである。

第2 意見の理由

  1. 司法試験合格者数の現状
    今日,司法試験合格者数は平成13年に出された司法制度改革審議会意見に基づき著しく増加している。平成11年に初めて年間1000人を超えた合格者数は,平成18年に旧司法試験,新司法試験合わせて1558人となり,平成21年には2135人,平成22年には2133人となって,この間に倍増している。
    このような合格者の急増は法曹の質の維持・向上という点で大きな問題を生じさせている。
  2. 法曹の役割とその質の維持・向上のための法曹養成の重要性
    1. 法曹の役割とその質の維持・向上
      弁護士,裁判官及び検事の法曹三者は,等しく,三権の一翼たる司法の担い手である。価値観が多様化し,社会が情報化・専門化・国際化する流れの中で,紛争が複雑・多様化していくことが予想される現代において,法の支配のもと,市民の基本的人権を保障するために,市民に身近で利用しやすい紛争解決手段を提供し,適正かつ迅速に紛争を解決する司法制度とその担い手たる法曹の役割はますます重要なものとなっている。
      とりわけ在野法曹たる弁護士には,基本的人権を擁護し社会正義を実現するという使命に基づき,裁判の現場にとどまることなく,企業内弁護士及び任期付公務員等としての活動並びに各種市民運動等その活動分野を大きく広げ,社会の隅々にまで法の支配が及ぶよう公益活動を遂行することが求められている。実際,いままで数多くの弁護士が,当番弁護士及び国選弁護をはじめとする公益的な活動や人権救済,労働者の権利擁護活動,子どもの権利擁護活動,消費者保護運動,民暴対策活動,犯罪被害者支援活動及び貧困問題に関する取り組み等人権擁護のための諸活動に取り組んできた。
      このように市民生活にとって極めて重要な役割を担う法曹は,法律実務の専門家であり,それ故に,高いモラルと法律事務処理能力が要求されている。万一これを欠くこととなれば,法的サービスの提供を受ける市民の利益はたちどころに害され,法曹に対する市民の信頼は失われてしまう。
      したがって,今後も法曹が市民の信頼に応えていくためには,法曹の質を維持するのはもちろんのこと,さらに向上させていくことが絶対に不可欠である。
    2. 市場原理になじまないこと
      この点,弁護士の質は市場原理に基づく自由競争の中で確保されるべきであるとの考え方もあるが,これに与することはできない。弁護士業務については経済活動におけるような市場原理は妥当せず,この考え方の拠って立つ前提が存在しないからである。
      すなわち,弁護士業務はその使命である基本的人権の擁護と社会正義の実現のために,経済的な合理性だけではない公平かつ公正な独自の判断を要請されており,その行動原理は市場原理と相容れない性格を有する。
      また,サービスの受け手である市民の側から見ても,大企業はともかく,一般の個人や中小企業にとって良質な法的サービスを的確に判断・選択していくことは容易でなく,生涯において幾度とない重大な場面に遭遇して初めて法的サービスの提供を必要とすることが多いのであって,このような点を無視して市民に自己責任を要求することは,法曹の質向上のために当該市民の法的利益を犠牲にすることに等しく到底許されない。
    3. 法曹の質の確保・向上のための法曹養成
      したがって,法曹養成制度を充実させる以外に,法曹にとって必要な能力を均質的に確保することは不可能であるといわざるを得ない。法曹養成制度による法曹の質の均一性が保たれてこそ,市民は等しく一定の水準に達した法的サービスの提供を受けることが期待できるのである。
      高いモラルと知識を備えた質の高い法曹を養成することは,公共的な社会基盤の整備をすることにほかならず,その利益は,法曹の働きにより市民・社会に還元されていくべきものである。
  3. 現状の法曹養成制度の問題点
    上記の通り法曹の質の維持・向上にとって法曹養成制度の充実は不可欠なものであることから,これまでも法曹養成の各過程において多くの先輩法曹らによる丁寧な指導・教育がなされてきた。
    今日の法曹養成は,法科大学院,司法修習そして就職後のオンザジョブトレーニング等を通じて行われている。
    しかし,前記のとおり合格者数が急増する中で,これまでのきめ細かな教育を可能とする法曹養成の仕組みを維持していくことが困難な状況となってきている。
    1. 法科大学院
      司法制度改革審議会意見において,法曹養成はプロセスとしての法曹養成制度を整備することとし,法科大学院をその中核に置くこととした。
      しかし,法科大学院における法曹養成については,定員が過剰であることや大学院間での教育内容にばらつきがあるなど多くの問題点が指摘されており,かつての司法研修所における前期修習に代わるだけの成果を上げているかについては疑問の声が上がっている。
      そのため,現在においても法曹の質を確保し,向上させていく上では司法修習や就職後のオンザジョブトレーニングが重要な役割を占めるという状況は変わっていない。
    2. 司法修習
      養成の中で中心的な役割を担う司法修習については,合格者の急増に伴い司法研修所の設備的限界もあってその期間が短くなってきている。第52期(平成10年研修所入所)までは前期修習,実務修習,後期修習を2年間で行っていたのが,その後1年6ヶ月となり,現在では前期修習を行わず,期間が1年間と従来に比べて半減している。
      もちろん司法研修所や弁護士会,裁判所,検察庁といった実務修習先がたゆまぬ努力を重ねることでこの修習期間の短縮に対応してはいるが,それでも半分の期間で従来と同じ内容を獲得するだけの教育を要求することが困難なことは明らかである。
      また,実務修習での指導担当者についても,指導を担当するにふさわしい豊富な経験を有する先輩法曹は,修習生の急増に対応するほど急には増加しない。
      当会でも,年々増え続ける修習生にこれまでと同様の指導をすべく,多くの労力と工夫によって努力を続けてきてはいるが,このまま修習生が増加を続けることになれば,近々良質な指導を行うための人員(弁護士)の確保ができなくなる状況にある。
    3. オンザジョブトレーニング
      司法制度改革審議会意見では,裁判官・検察官を大幅に増員するとされていた。しかし,現実には今なお大幅な増員が実現していないことから,法曹資格を得た者の大半が弁護士として世に出ている。
      弁護士が真に市民に良質な法的サービスを提供できる能力を獲得していく過程においては,当該弁護士個人の努力が必要なのは言うまでもないが,単に修習を修了して努力するだけでは十分ではない。弁護士として業務を始める初期の数年,実務経験の豊富な弁護士の下に勤務し,実際に業務を行いながら適切な法的サービス提供の精神や技術を学ぶオンザジョブトレーニングが重要となる。
      このオンザジョブトレーニングについては,これまでは修習生が弁護士になるにあたり,経験を有する弁護士の事務所に就職し,勤務弁護士として日々業務に精励する中で行われてきた。
      しかし,現在は合格者が急増したことで,法律事務所への就職を望む全ての修習生が就職できるわけではなくなっている。当会の登録人数も,平成12年3月末日時点では674人であったが,平成22年3月末日時点では1125人となって,10年間で約67%も増加しており,現在のペースで増加しても就職の受入れを継続することは困難な状況にある。そのため,就職したくともそれがかなわず,弁護士登録後直ちに独立せざるを得ない弁護士や雇用関係を結ばないまま事務所の一部スペースだけを間借りする弁護士も珍しくなくなっている。
      以上のような就職状況の極端な悪化により,従来行われていたオンザジョブトレーニングができなくなってきているのである。
      もちろん当会としても研修の充実等を通じて新規登録弁護士のサポートをおこなっているが,残念ながら就職して日常の業務中で積まれる従来のトレーニングに及ばないことは明らかである。
  4. 対策としての合格者数の減少
    上記の状況が法曹の質の維持・向上,ひいては司法の将来にとって望ましくないことは明らかであり,その対策は急務である。
    こうした問題状況が生じた原因としては,法曹養成についての人的物的設備の整備がなされる間もないままに爆発的に合格者が増加したことは明らかである。このまま急激な合格者の増加を放置すれば,法曹の質の確保が困難になる。 したがって,この状況を打開するため,当面は合格者数を減少させることが必要である。
  5. 司法制度改革審議会意見について
    平成13年に出された司法制度改革審議会意見は需要の増大・高度化を指摘して増員の必要を述べている。これに従って今日合格者数が増加していることは既に述べたとおりである。
    同意見の言う需要の増大が今後進む可能性について否定するものではないが,現時点において,合格者の急激な増加のペースに見合うような急激な需要の増大まではなく,少なくとも需要の増大のペースの点で予測との間に大きな齟齬が存在することは否定できない。
    また,現時点においてすでに弁護士の登録は3万人を超えており,法曹人口は従前に比して大きく増加している。 そのような中,個々の弁護士,弁護士会,日弁連等の努力により,いわゆる弁護士ゼロ地域の解消,被疑者国選の実現,民事法律扶助の拡充,犯罪被害者支援制度,公設事務所の設置といった法の支配実現に向けたサービスの拡充がなされている。
    当会においても,各会員の努力により各種制度を実施し,また都市型公設事務所として「弁護士法人かながわパブリック法律事務所」が設置されている。 したがって,上記意見を前提としても,現在の年間合格者数を必要とする状況にはなく,むしろ,より質の高い法曹の養成に力を入れていくべきである。
  6. 当面の年間合格者数
    以上検討したとおり,今後当面の間の司法試験の年間合格者数については,法曹養成を充実させて法曹の質を維持・向上させるとの見地から,現在よりも減少させるのが相当である。
    そして,具体的な合格者数については,司法修習の充実及びオンザジョブトレーニングの前提となる就職先事務所の確保の必要性に鑑み,1500人程度とするのが相当である。1500人程度まで減少すれば,修習期間の延長,前期修習の復活等を含めた司法修習の充実をはかることができる。実際,前期3ヶ月,後期3ヶ月,修習期間1年6ヶ月の司法修習がなされていた最後の修習期(59期)の司法試験合格者(平成16年)は1483人であった。また,1500人程度まで減少すれば,法律事務所への就職希望者のほとんどが就職してオンザジョブトレーニングを受けることが可能になろう。
    なお,年間合格者数が1500人程度であったとしても法曹全体の人口は現在よりも増加し,1500人を維持した場合,日弁連の試算によれば,平成39年には法曹人口は5万人に達するとされている。
    もちろんこの合格者数は今後将来にわたって固定しなければならないものではなく,法曹養成制度の今後の動きや就職先となる事務所の状況,さらには大幅に増員すべき裁判官,検察官の採用数との関係によっては変更の可能性があるものと考える。
  7. 合格者数減少のペースについて
    上記の通り,合格者数を現状よりも減少させ,当面の間年間1500人程度とするのが相当であるとしても,現在法科大学院に入学した学生が司法の道を目指し,入学するにあたっては司法制度改革審議会意見が提言する年間の司法試験合格者数を前提にしているのであるから,その予測可能性を奪うことは相当でない。
    そのため,直ちに合格者数を1500人程度まで減少させるのではなく,今後の法科大学院の定員の推移等も見ながら段階的に減少していくことが必要である。
  8. 以上

     

 
 
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