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会長声明・決議・意見書(2015年度)

調停委員・司法委員および人権擁護委員についての実質的な国籍要件に関する意見書

2015年07月09日更新

趣 旨

  1.  当会は、最高裁判所が、「弁護士となる資格を有する者、民事もしくは家事の紛争の解決に有用な専門的知識を有する者または社会生活の上で豊富な経験知識を有する者で、人格識見の高い年齢四十年以上七十年未満の者」であれば、日本国籍の有無にかかわらず、等しく民事調停委員及び家事調停委員に任命することを求める。
    また、司法委員についても、最高裁判所に対し、日本国籍を有することを選任要件とする取扱を速やかに変更し、日本国籍の有無にかかわらず、適任者を選任する扱いとするよう求める。
  2.  人権擁護委員については、人権擁護委員法6条は、憲法14条に違反するので、国会においてただちに見直すことを求める。

理 由

  1.  人権としての「公務就任権」
    当会には、外国人(日本国籍を有しない者を指す。以下同じ。)の会員で、調停委員・司法委員に相応しい人格識見を有しながら、これまでの最高裁判所の運用からして、調停委員・司法委員に任命されることはないと予測される会員がいる。また、人権擁護委員としても適任でありながら、外国人の会員であるため、市町村議会の議員の選挙権を有しておらず、法律上、人権擁護委員への就任が認められない会員がいる。
    このような取扱いは、弁護士だけでなく、一般の市民であっても同じであり、調停委員・司法委員あるいは人権擁護委員に適任であったとしても、外国人であれば、これらの委員への就任は認められていない。
    そもそも、憲法14条は法の下の平等をうたい、また、マクリーン事件最高裁大法廷判決(最大判昭和53年10月4日)でも、「憲法第3章の諸規定による基本的人権の保障は権利の性質上日本国民のみをその対象としていると解されるものを除き、わが国に在留する外国人に対しても等しく及ぶものと解すべきであ(る)」とされている。
    「公務就任権」は、職業選択の自由(憲法22条1項)の一つであり、また個人がその能力・個性等を発揮しつつ社会において活動するなど自己実現の面においても極めて重要であり人格権(憲法13条)としての側面も有している。したがって、「公務就任権」は原則として、外国人にもその保障が及ぶと解すべきであり、日本国籍を有しないことを理由として不合理な区別を行うことは、法の下の平等に反し、許されない。もっとも、国民主権の原理により、一定の公務については、外国人の公務就任権が制限されることもあると解される。
    この点、最高裁判所は、国民主権の原理に基づき、国及び普通地方公共団体による統治のあり方については日本国の統治者としての国民が最終的な責任を負うべきものであること(憲法1条、15条1項参照)に照らし、「住民の権利義務を直接形成し、その範囲を確定するなどの公権力の行使に当たる行為を行い、若しくは普通地方公共団体の重要な施策に関する決定を行い、又はこれらに参画することを職務とするもの」(以下「公権力行使等公務」という。)に、外国人が就任することは、日本の法体系の想定するところではないという判断を示している(最大判平成17年1月26日)。
    この判決については、日本弁護士会連合会も、2009年3月18日に「外国籍調停委員・司法委員の採用を求める意見書」を公表し、「広範な範囲の公務員について、その具体的職務内容を問題とすることなく公権力行使等公務員として当然に外国人の就任を拒絶することを認めるものであり不当である」と意見を述べているところであり、その内容について疑問がないわけではない。その点についてはここでは措き、以下では、上記最高裁の平成17年大法廷判決に基づき、公務の内容が「公権力行使等公務」にあたるかどうかを基準に、外国人が、調停委員・司法委員および人権擁護委員へ就任することが制限されていることについて、憲法14条に反するかどうかを判断する。
    なお、これらの委員のほかにもさまざまな公務について、外国人がそれに就任することが制限されているが、本意見書においては、弁護士会が推薦に関わっているこれらの委員に絞って、検討し、意見を述べることとする。
  2.  調停委員・司法委員について
    1.  法律等の規定について
      民事調停委員及び家事調停委員規則(以下「調停委員規則」という。)1条は、調停委員の採用について、「民事調停委員及び家事調停委員は、弁護士となる資格を有する者又は社会生活の上で豊富な知識経験を有する者で、人格識見の高い年齢四十年以上七十年未満の者の中から、最高裁判所が任命する。ただし、特に必要がある場合においては、年齢四十年以上七十年未満であることを要しない。」と定めている。また、同2条では、欠格事由を定めているが、ここでも国籍等を欠格事由とする規定はない。
      また、司法委員については、司法委員規則1条においてその選任要件について「良識のある者その他適当と認められる者であること」と定めがあるだけである。同規則2条では、欠格事由を定めているが、ここでも国籍等を欠格事由とする規定はない。
      すなわち、法律にも、調停委員規則・司法委員規則にも、民事調停委員・家事調停委員及び司法委員について、国籍を要求する条項はない。
    2.  現在の運用
      現在、各弁護士会は、地方裁判所・家庭裁判所の推薦依頼に基づいて、調停委員候補を推薦し、各家庭裁判所又は地方裁判所より調停委員候補を最高裁判所に上申し、その上申を受けて最高裁判所が任命する扱いがなされている。司法委員については、各地方裁判所からの推薦依頼を受けて、各弁護士会が司法委員候補を推薦し、各地方裁判所が任命する扱いになっている。
      そして、これまで兵庫県弁護士会・仙台弁護士会・東京弁護士会・大阪弁護士会等が外国籍の会員を調停委員ないし司法委員の候補者として推薦したところ、調停委員については最高裁に上申しない等の回答が各地方乃至家庭裁判所からなされ、あるいは司法委員については地方裁判所からその採用が拒否されている。
    3.  最高裁判所の考え方
      これを受けて、日弁連が、最高裁にその理由を照会したところ、最高裁判所事務総局人事局任用課は、2008年10月14日付で、「照会事項について、最高裁判所として回答することは差し控えたいが、事務部門の取扱は以下のとおりである。」として、法令等の明文上の根拠規定はないとしながらも、「公権力の行使に当たる行為を行い、もしくは重要な施策に関する決定を行い、又はこれらに参画することを職務とする公務員には、日本国籍を有する者が就任することが想定されていると考えられるところ、調停委員・司法委員はこれらの公務員に該当するため、その就任のためには日本国籍を必要と考えている。」との回答があった。
    4.  検討
      調停制度の目的は、市民の間の民事もしくは家事の紛争を、当事者の話し合いおよび合意に基づき、裁判手続に至る前に解決することにある。
      その中にあって、市民の調停委員の本質的役割は、専門的知識もしくは社会生活の上での豊富な知識経験を活かして、当事者双方の話し合いの中で、助言や斡旋、解決案の提示を行い、合意を促して、当事者の互譲による紛争解決を支援することにある。
      このような職務の内容に鑑みれば、調停委員の職務は、「公権力行使等公務」にあたるということはできないというべきである。
      確かに、調停調書は確定判決と同一の効力を有するが、それは「調停において当事者間に合意が成立し、これを調書に記載したとき」(民事調停法16条、家事事件手続法268条)であり、当事者間の合意による紛争解決の意思が尊重されるのであり、当事者の合意が得られない場合には調停は不成立となる。また、調停に代わる決定(民事調停法17条)ないし調停に代わる審判(家事事件手続法284条)もあるが、調停委員は意見を聞かれるだけであり、あくまで決定ないし審判は裁判所が行うこととされている。したがって、これらのことを理由に調停委員が「公権力行使等公務」にあたるということも適当でない。
      また、司法委員に関しては、裁判所が必要と認めるときに、和解の補助をしたり、事件について意見を述べたりすることが認められるにすぎず、その職務の内容は純然たる裁判官の補助機能にすぎず、やはり、「公権力行使等公務」には当たらない。
      とするならば、外国人であることを理由に調停委員・司法委員への採用を認めない最高裁判所の運用は、法の下の平等を定めた憲法14条に違反する。
      さらに、何ら法律等の規定もないのにかかる運用をしているのは、法治主義にも反するというべきである。
      なお、最高裁判所は、1974年(昭和49年)から1988年(昭和63年)までの間、日本国籍を有しない台湾籍の大阪弁護士会会員を西淀川簡易裁判所民事調停委員に任命し、定年退職時には大阪地方裁判所所長より表彰を受けたという実例が存在しており、かかる事実は、外国人の弁護士が調停委員となって何ら不都合がないことを如実に示している。
      なお、国連の人種差別撤廃委員会は、2010年3月9日第3ないし第6回の日本政府報告書の審査の総括所見において、日本国籍を有しない者を家庭裁判所の調停委員から排除する日本政府の立場に懸念を表明し、さらに2014年8月28日には、第7ないし第9回の日本政府報告書の審査の総括所見において、かかる日本政府の立場に改めて懸念を表明している。
  3.  人権擁護委員について  
    1.  使命・職務
      人権擁護委員は、人権擁護委員法第2条により、その使命は、「国民の基本的人権が侵犯されることのないように監視し、若し、これが侵犯された場合には、その救済のため、すみやかに適切な処置を採るとともに、常に自由人権思想の普及高揚に努めること」とされている。そしてその職務は、同法11条により、「①自由人権思想に関する啓蒙及び宣伝をなすこと ②民間における人権擁護運動の助長に努めること ③人権侵犯事件につきその救済のため、調査及び情報の収集をなし、法務大臣への報告、関係機関への勧告等適切な処置を講ずること ④貧困者に対し訴訟援助その他その人権擁護のため適切な救済方法を講ずること ⑤その他人権の擁護に努めること」とされている。
    2.  選任
      人権擁護委員は、市町村長が、その市町村の議会の議員の選挙権を有する住民で人格識見高く、広く社会の実情に通じ、人権擁護について理解のある社会実業家、教育者、報道新聞の業務に携わる者等及び弁護士会その他婦人、労働者、青年等の団体であって直接間接に人権の擁護を目的とし、又はこれを支持する団体の構成員の中から、その市町村議会の意見を聞いて委員候補者を法務大臣に推薦をし、さらに都道府県弁護士会及び同人権擁護委員連合会の意見を聴いた上で、その適任か不適任かを決め、適任者を委員に委嘱して、選任される(人権擁護委員法6条)。
    3.  検討
      上記人権擁護委員の職務の内容を検討するに、①②④⑤は、その性質上明らかに「公権力行使等公務」とはいいがたいが、③についても、そこでいう適切な処置は具体的に以下のように講じられることからして、その職務の内容は、「公権力行使等公務」にはあたらない。
      すなわち、人権侵犯事件において、人権擁護委員は、調査が終了次第、遅滞なく口頭又は文書で法務局長又は地方法務局長に結果を通報し、処理について協議し、その後、法務局長又は地方法務局長等が、委員の調査結果を基に被害者の救済のため、事案に応じた適切な処置を執ることとされている。このことからすれば、人権侵犯事件について、適切な処理を執る権限を有しているのは、法務局長または地方法務局長等であって、個人としての人権擁護委員ではない。人権擁護委員はあくまで法務局長又は地方法務局長の職務を補佐するにすぎないものである。さらに、人権擁護委員は、法務大臣の指揮監督にも服する(人権擁護委員法14条)こととされており、その意味でも、その枠内で公務に従事するにすぎないのである。
      これらのことからするならば、人権擁護委員の職務は、「公権力行使等公務」には当たらないというべきであり、その職務への就任に日本国籍を要件とすることは、合理的な理由のない差別であり、憲法14条に違反するというべきである。
  4.  結論
    日本には現在多くの外国人が生活しており、グローバル化が進む中、多民族・多文化共生社会の形成が不可欠である。多民族・多文化共生社会の形成にとって、できるだけ広く外国人にも公務就任の機会を保障することも重要である。
    また、我が国に暮らす外国人の中には、在日コリアンなど、サンフランシスコ平和条約の発効に伴う通達によって日本国籍を失ったまま日本での生活を余儀なくされた旧植民地出身者及びその子孫などの特別永住者も多数存在する。これらの人々にとっては、いまや日本こそがその生活の基盤であり、日本人とかわらない生活実態を持っており、歴史的な経緯等に鑑みても、日本国籍を有しないというだけで、調停委員・司法委員及び人権擁護委員の公務に就任することが一切認められないということは、合理的な理由がないというべきである。
    また、外国人であるというだけで、これまで社会のさまざまな分野で十分な経験を積み、高い能力、識見等を有しながら、それを調停委員、司法委員、人権擁護委員という仕事において発揮するチャンスを奪われているのは、社会にとっても有用な人材を登用できないという意味で大変大きな損失である。
    さらには、調停制度の利用者には多くの外国人が含まれていることからも、外国人の調停委員が採用される意味合いは大きく、また、現在地域社会において多くの外国人が生活している実態に鑑みれば、その地域社会において外国人が人権擁護委員として活動する意義も大きい。
    これらの理由から、当会は、意見書の趣旨のとおり実現することを求める。

    以上

     

    2015(平成27)年7月8日

    横浜弁護士会     

     会長 竹森 裕子 

     

 
 
本文ここまで。