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会長声明・決議・意見書(2020年度)

内閣総理大臣による日本学術会議会員の任命拒否に抗議し、同会議が推薦する科学者の速やかな任命等を求める会長声明

2020年11月13日更新

  1. 菅内閣総理大臣は、2020年10月1日、日本学術会議(以下「学術会議」という。)の会員の半数の改選に際し、学術会議が新たな会員として推薦した105名のうちの6名を任命しなかった。このような任命拒否は、これまでになかった初めてのことである。

  2. 学術会議は、日本学術会議法(以下「法」という。)に基づき、「科学が文化国家の基礎であるという確信に立って、科学者の総意の下に、わが国の平和的復興、人類社会の福祉に貢献し、世界の学界と提携して学術の進歩に寄与することを使命」とし(法前文)、「わが国の科学者の内外に対する代表機関」として、「科学の向上発達を図り、行政、産業及び国民生活に科学を反映浸透させることを目的」として(法2条)設立された、「独立して職務を行う」(法3条)国の「特別の機関」(国家行政組織法8条の3)であり、「諮問」(法4条)と「勧告」(法5条)を通じて政府に対し政策提言を行う役割も担う。210名の定員で組織され(法7条1項)、会員は、学術会議が「優れた研究又は業績がある科学者」から候補者を選考して推薦し(法17条)、この推薦に基づいて内閣総理大臣が任命する(法7条2項)。

    学術会議は、1930年代の滝川事件、天皇機関説事件のような国家権力による言論の自由や学問の弾圧、あるいは科学者を軍事目的の非人道的研究に向かわせた戦前の体制に対する反省の上に、第2次世界大戦後、敗戦の荒廃からの再建、平和国家の構築を旨として、1949年1月に設立された(同月22日日本学術会議第1回総会決意表明参照)。

  3. 学術会議の会員の選出の制度は、1983年法改正により、それまでの選挙制から推薦に基づく任命制へと変更されたが、その際、内閣総理大臣の任命行為の性質が国会で繰り返し審議され、政府は、一貫して、内閣総理大臣が行うのは形式的任命にすぎず、推薦された会員についてそのとおり形式的な発令行為を行う、学術会議が推薦した者を拒否することはない、と答弁した(同年5月12日参議院文教委員会手塚康夫政府委員答弁、同日同委員会中曽根康弘内閣総理大臣答弁、同年11月24日同委員会丹羽兵助総理府総務長官答弁等)。

    それはもともと、会員は「優れた研究又は業績がある」という学問的評価に基づいて選考・任命されるべきものであり、その判断能力は内閣総理大臣ではなく学術会議にあるからであり、その学問的評価による人事の自律性こそが、学術会議の独立性を担保するものだからである。

    さらに、内閣総理大臣が会員の辞職を承認し、又は会員に不適当な行為があって退職させる場合も、学術会議の同意や申し出が要件とされており(法25条、26条)、資格の喪失も含めて会員の人事に関する実質的判断は学術会議に委ねられているのである。

    このような法の規定と政府の説明からすれば、内閣総理大臣の任命は形式的な行為であって、内閣総理大臣は、特段の合理的理由がない限り、学術会議が推薦した科学者を会員として任命しなければならないのであり、菅内閣総理大臣が今回、合理的な理由を示すことなく推薦された者を任命しなかったことは、法7条2項及び17条に違反するものである。

    なお、政府は、憲法65条・72条に照らし、また憲法15条1項の規定からも、内閣総理大臣に学術会議による推薦のとおりに任命すべき義務があるとまではいえないとし、この政府の解釈は一貫しており、解釈変更はしていないと説明している。しかし、ここで示された解釈が前記1983年の国会答弁で明示された解釈と矛盾することは明らかであり、国会を通じて国民及び日本学術会議に約された法解釈を、政府の一存で恣意的に変更することは許されない。また、根拠として挙げられた憲法の一般的条項は内閣総理大臣の個別の公務員の任命権を根拠づけるものではないばかりか、法の規定に従って学術会議の会員を任命することこそ、国民の公務員の選定罷免権を実現することにほかならない。

  4. 学術会議は、科学が文化国家の基礎であるという確信に立って、憲法23条が保障する学問の自由を有する科学者を構成員として、学術研究の成果を持ち寄り、時の政治権力から独立して、科学的根拠に基づく政策提言を行うことを目的とする機関である。かかる学術会議の独立性は、科学者に対する学問の自由の保障を大前提とする。

    ところが、「優れた研究又は業績」という学問的評価に基づいて学術会議が会員に推薦した科学者を内閣総理大臣が任命しないことは、真理の探究を目的とする学問の本質と相容れない政治的判断を持ち込んでこれを強いることを意味し、それは、学術会議の存立の前提たる学問の自由に対する侵害にほかならない。

    それは、任命を拒否される科学者にとって、自らの研究・実績に対する政治権力による否定として、学問の自由の直接の侵害である。のみならず、すべての科学者にとっても、自らの学問の自由に基づく学問研究に対する脅威となる。さらに学術会議にとっても、学問の自由を保障された科学者が自由闊達に議論し、科学的な提言を行うという学術会議の存立基盤を損ない、その独立性を侵害するものである。

  5. 今回任命されなかった6名の科学者は、全員、2015年9月に成立した安保法制法案に反対の意を表明した。また、それぞれが、秘密保護法案や共謀罪法案、政府が進める沖縄県辺野古岬への米軍新基地建設に対しても、反対の意を表明してきている。

    菅内閣総理大臣は、6名の科学者を任命しなかった理由を明らかにしておらず、今回の任命拒否は、政府の政策に異議を唱える者を学術会議から排除する措置と受け止められてもやむを得ない。

    そうだとすれば、今回の任命拒否は、学問の自由及び学術会議の独立性への恣意的な政治的判断による侵害として、極めて重大な憲法及び法律への違反となる。

  6. 今回の学術会議会員の任命拒否問題に関連して、学術会議の在り方自体を検討し、又は見直そうとする議論が進められようとしている。しかし、わが国の科学者の内外に対する代表機関である学術会議のあるべき姿は、決して性急に論じられるべきものではない。また、その在り方の議論自体、時の政治権力や政治勢力によって左右されてはならないのであって、学問の自由の保障と学術会議の独立性を大前提とした、学術会議の自律的な議論が尊重されなければならない。

  7. 以上のとおり、この度、菅内閣総理大臣が、合理的な理由を示すことなく、学術会議が推薦した科学者をその会員に任命しなかったことは、法3条、7条2項、17条に違反するものであるとともに、憲法23条が保障する学問の自由を侵害し、及び脅かすものであって、当弁護士会は、基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする法律家の団体として、到底看過することはできない。

    よって、当弁護士会は、菅内閣総理大臣に対し、去る10月1日の学術会議会員への6名の科学者の任命拒否に強く抗議するとともに、速やかにこの6名を学術会議会員に任命するよう求める。あわせて、学術会議の在り方についての議論は性急になされるべきものではないことを、広く訴えるものである。

以上

 

2020年11月12日

神奈川県弁護士会

会長 剱持 京助

 

 
 
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