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会長声明・決議・意見書(2020年度)

死刑執行の停止及び死刑制度の廃止に向けた取り組みを求める決議

2021年03月05日更新

決議の趣旨

 神奈川県弁護士会は、死刑制度は廃止されるべきであるとの立場から、国に対して、死刑の執行を直ちに停止し、死刑制度の廃止に向けた取り組みを開始することを求める。

 以上、決議する。

 

決議の理由

1 はじめに

 私たちは、死刑制度が何故存在するのか、それが正当であるとされる根拠について考える必要がある。

 死刑制度は、国家が命の選別の判断を行うものであるが、その判断の過程には間違いも起こる。死刑にまつわるえん罪事件では、他の刑罰には比較にならない程大きな悲劇を生むことになる。

 死刑制度をめぐって、今日まで様々な議論がなされているのは周知のとおりであるが、いったん執行されれば取り返しのつかない刑罰であるからこそ、直ちに立ち止まり、制度の廃止に向けた取り組みが開始されなければならない。

 

2 誤判・えん罪の可能性が否定できない

(1)誤判・えん罪の可能性が否定できず、その判断も分かれること

 死刑制度の重大な欠陥として、死刑が執行されてから誤判・えん罪であったことが判明しても取り返しがつかないことが挙げられる。

 1983年から1989年にかけて、4つの死刑確定事件(免田事件・財田川事件・松山事件・島田事件)について再審無罪判決が確定している。

 また、死刑確定囚である袴田巌氏に対し、2014年3月、静岡地方裁判所は再審開始と死刑の執行停止を決定した。しかし、2018年6月、再審開始を認めない東京高等裁判所の決定が出され、結論が分かれた。

 2020年12月22日には、最高裁は、審理が尽くされていないとして、再審を認めない東京高裁決定を取り消し、差し戻すことを決定した。なお、この最高裁決定には、二人の裁判官から差し戻しではなく直ちに再審を開始すべきであるとの反対意見があった。

 誤って無実の人を死刑にしてしまうおそれと隣り合わせであることなど、死刑制度や再審のあり方に内包される回復不能な、深刻な問題が改めて顕在化している。

 名張毒ぶどう酒事件では、一審判決は無罪であったが、控訴審で逆転有罪の死刑判決となり、上告審で確定した。同事件では再審開始の申立が認められて、再審開始決定が出されたが、検察官の異議申立で再審開始決定が取り消されるなど裁判所の判断が分かれている。まさに、死刑と無罪が紙一重なのである。

 さらに、飯塚事件においては、DNA型鑑定の正確性に疑問を呈されて再審無罪となった足利事件とほぼ同じ時期に同じ鑑定手法で行われたDNA型鑑定が有罪の有力な証拠となって死刑が確定し、2008年10月に死刑が執行されてしまった。これがえん罪であったとすれば、国家権力の行使において、取り返しのつかない殺人が行われてしまったことになる。DNA型鑑定などの科学技術を利用した捜査手法が進展しようとも、誤判・えん罪が発生することを完全に根絶することはできない。

 日本の刑事裁判におけるえん罪をめぐる歴史は、誤判を根絶することの困難さあるいはその不可能を如実に示している。

 誤判を正す適正な手続きや制度の存在がえん罪被害からの回復・救済のための唯一の方途となるが、死刑執行は、えん罪被害者の誤判・えん罪からの救済の道を閉ざすことになってしまう。

 

(2)誤判のおそれは、えん罪だけではないこと

 誤判のおそれは、えん罪だけではない。違法性阻却事由や責任能力についての誤判、更には、計画性の有無や動機、共犯関係における役割などから、無期懲役や有期懲役になるべき事件で死刑判決が下されるおそれがある。実際、第一審と第二審とで、その判断が異なることもあり、死刑と無期懲役の境界は不明瞭である。

 私たちはもう長い間、刑罰における死刑制度が持つ不確実さに直面してきた。そして、死刑にまつわる誤判・えん罪事件では、他の刑罰には比較にならない程、大きな悲劇を生んできた。そのことは、再審中も含めて、罪のなかったかもしれない者、無期懲役や有期懲役になるべきであった者等が、国家権力の行使過程で殺害されてしまうおそれがあることを示している。

 また、拘禁が長期間に及ぶことで上訴や再審請求を諦めてしまい命が奪われたかもしれない。それはやはり取り返しのつかないことである。いずれも死刑制度を維持し続けていることに由来する悲劇であると言える。私たちは、そのことを容認することも、傍観していることも出来ない。

 

3 日本国憲法と死刑

 最高裁判所は、1948年と1993年の判決において、憲法31条の文言を理由に死刑制度を合憲であるとし、また、絞首刑は残虐な刑罰ではなく憲法36条に反しないとした。しかし、憲法31条は「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪われ、又はその他の刑罰を科せられない。」と規定するのみであり、死刑制度を積極的に維持すべきであるとしているものではない。また、1948年判決の補充意見では、国家の文化の発達により憲法31条の解釈が制限されて、死刑が残虐な刑罰とされて憲法に反するものとして排除され得ることが指摘された。さらに、1993年判決の補足意見では、立法の問題に属すると留保しつつ、死刑の廃止に向かいつつある国際的動向と国内世論との大きな隔たりを整合させるために、一定期間の死刑執行停止や、現行の無期刑(服役10年を過ぎた場合に仮釈放の対象となり得る)とは別種の無期刑の導入が指摘されている。

 このように、死刑制度に対する評価は憲法の解釈として不変のものではなく、国際社会の動向やこれとの関わりでの国内の状況変化によって変わり得るものであり、むしろ、死刑制度廃止に向かうことが望ましいことが強く示唆されている。

 

4 死刑制度を停止・廃止することが国際社会から求められている

 1966年に採択された「市民的及び政治的権利に関する国際規約」(国際人権規約B規約)6条6項には、「この条のいかなる規定も、この規約の締約国により死刑の廃止を遅らせ、又は妨げるために援用されてはならない」旨が定められ、1989年12月には、国連総会で死刑廃止条約(「死刑廃止を目的とする、市民的及び政治的権利に関する国際規約第2選択議定書」)が採択され、1991年7月に発効した。同条約では、何人も死刑を執行されないこと、締約国が自国において死刑を廃止するためのすべての必要な措置をとることが定められている。

 国連総会では、すべての死刑存置国に対し、死刑の廃止を視野に入れた死刑執行の停止を求める議案を8回にわたって採択しているが、直近では2020年11月17日、120カ国の支持を得て可決している。死刑廃止への国際社会の動向は強まっていると言う他ない。

 日本は、国連人権理事会における普遍的定期的審査(UPR)で、死刑存置国として、審査国から死刑制度の廃止に向けた行動を取るべきとの勧告を受け続けており、また、自由権規約委員会からは2008年及び2014年に、拷問禁止委員会からは2013年に、既に勧告がなされている。

 2019年12月末現在、法律上すべての犯罪において死刑を廃止している国は106か国、通常犯罪で死刑を廃止している国(8か国)と事実上死刑を廃止している国(10年以上死刑の執行がされていない国・28か国)を合計した国は142か国であり、世界の中で3分の2を占めている。先進国グループであるOECD加盟国37か国中、死刑制度を存置しているのは日本・韓国・米国の3か国のみであるが、韓国は1997年に死刑を執行して以降20年以上にわたって死刑を執行しておらず、2020年12月には、前記の国連総会における死刑の廃止を視野に入れた死刑執行の停止を求める議案に初めて賛成を表明した。米国では22州で死刑を廃止し、3州で死刑執行を停止しており、国家として統一して執行しているのは日本のみとなった。

 日本政府は、死刑廃止条約に未署名のまま、再審請求中の者を含めて死刑執行を続けているから、その姿勢は、国際人権(自由権)規約委員会の勧告にも反している。

 なお、国際社会にあって、日本は、死刑を存置していること等が障壁となって、米国と韓国以外に、犯罪人引渡条約の締結が実現していない。罪を犯し海外に逃亡した者の引渡しが拒まれることになるから犯罪捜査の支障ともなる。

 死刑は、国家が生命を剥奪する制度であり、国連加盟国の一員として考察されるべき人類普遍の究極の人権問題である。日本は、国際社会の一員として、長年にわたって解決されないままとなっているこの問題にどう取組むのかを、まさに問われている。

 

5 死刑の犯罪抑止力は証明されていない

 死刑制度を廃止すると凶悪犯罪が増加するとの意見があり、死刑制度に犯罪に対する抑止効果が認められるかについて論争が続けられてきた。しかしながら、国連は1989年に「死刑の犯罪抑止効果について、死刑が終身刑よりも大きな犯罪抑止力をもつことを科学的に証明することはできなかった」という研究結果を発表している。また、日本国政府も2008年の国会答弁で「死刑の犯罪抑止力を科学的、統計的に証明することは困難である」と答弁している。死刑を廃止した諸外国において、死刑廃止後に殺人罪等の凶悪犯罪が増えたという報告はない。逆に、米国では死刑存置州の方が死刑廃止州よりも殺人事件の発生率が高いというデータもある。

 そもそも、犯罪の抑止は、犯罪原因の研究と予防対策を総合的・科学的に行うべきであり、科学的・統計的に実証できない犯罪抑止力、つまり死刑の威嚇力は死刑制度存置の根拠となり得ないものなのである。

 

6 死刑存置が国民の圧倒的多数の積極的意見とはいえない

 内閣府の世論調査(2019年11月・総数1572名)では、「死刑もやむを得ない」とする意見は、80.8%に達するが、その「死刑もやむを得ない」と考える人(1270名)のなかで、「将来も廃止しない」と答えた人は54.4%、「状況が変われば将来的には廃止してもよい」と答えた人は39.9%である。つまり、「現在も将来も死刑廃止に反対」という人は43.9%と、半数を割っているのであり、必ずしも国民世論の圧倒的多数が積極的に死刑に賛成しているのではない。内閣府の世論調査については、質問表現自体にバイアスが存するという指摘もあり、また、少なくとも、死刑存廃の議論を不要とするほど世論が死刑制度を支持しているという状況でない。

 そもそも、死刑制度の維持は、究極の人権の問題であり、世論を重視して決められるべき問題ではない。死刑廃止は刑罰制度や人権の問題として捉えられるべきである。

 

7 被害者支援を充実させるべきことは、死刑の存廃に関わらない

 犯罪被害に遭われ貴い命が奪われ、取り返しもつかない被害が生まれたこと、被害者ご本人、そして遺族や関係するあらゆる者がおかれる状況は、それを経験しなければ言及することが許されない程、筆舌に尽くしがたい。

 遺族を含む犯罪被害者に対する、必要な精神的・経済的支援、あらゆる方途、法的支援が講じられるべきであり、それは、死刑に関してどのように考えるかに関わらない、ひとりひとりに問いかけられる社会全体の責務でもある。

 死刑制度が内包する問題に関する議論も、被害者支援の充実に関する議論も、いずれも不可欠な議論である。当会としては、より充実した被害者遺族らの支援を引き続き検討していく所存である。

 

8 日本弁護士連合会の取り組み

 日本弁護士連合会は、死刑制度について、2004年以降、人権擁護大会において3回の決議を行っている。

 2004年10月、第47回人権擁護大会(宮崎市)において「死刑執行停止法の制定、死刑制度に関する情報の公開及び死刑問題調査会の設置を求める決議」を採択した。また、2011年10月、第54回人権擁護大会(高松市)で「罪を犯した人の社会復帰のための施策の確立を求め、死刑廃止について全社会的議論を呼びかける宣言」を行った。さらに、2016年10月、第59回人権擁護大会(福井市)において、「死刑制度の廃止を含む刑罰制度全体の改革を求める宣言」を行った。この宣言において、日本で国連犯罪防止刑事司法会議が開催される2020年までに死刑制度の廃止を目指すべきであること、及び、死刑を廃止するに際して死刑が科されてきたような凶悪な犯罪に対する代替刑を検討することを採択した。

 そして、日本弁護士連合会は、2019年10月15日、理事会において「死刑制度の廃止並びにこれに伴う代替刑の導入及び減刑手続き制度の創設に関する基本方針」を確認し、「仮釈放の可能性のない終身刑制度」の導入検討を進めていくことを承認した。

 この基本方針は、死刑の廃止に伴い導入する刑罰の方向性について、①仮釈放のない終身刑を新たな最高刑として導入するとともに、②仮釈放の可能性のない終身刑から、例外的に仮釈放の可能性のある無期刑に刑の変更を認める手続制度を設けることを目指す、としている。

 また、死刑廃止への理解を深めるとともに、仮釈放のない終身刑から仮釈放のある無期刑への刑の変更を例外的に認める制度を設けることによって、憲法や人権諸条約上の疑義を解消しようとするものであり、死刑制度廃止に伴う代替刑として十分検討に値するものである。

 

9 当会の取り組み

 当会は、2009年10月3日「死刑を考える日」の企画として、八海事件を題材とした映画「真昼の暗黒」の上映と講演を内容とする市民集会を実施して以降、死刑について市民と共に考える企画を継続して実施してきた。高松での宣言を受け、2016年度以降、毎年「死刑を考える日」として、死刑に関わる映画の上映と講演を実施して、死刑制度の是非について会の内外に問題を提起してきた。参加者のアンケートも実施して市民の意見も聞いてきた。また、死刑の執行に対しては、その都度抗議の会長声明を発表してきたところである。さらに、会内での議論を深めるため2018年からは死刑を巡る論点ごとに会内勉強会を本部、支部で開催し、その回数は10回を超える。

 

10 死刑制度の廃止に向けて

 死刑を行うことは、この世に生きる値打ちのない生命があるということ、命の選別を国家が行うことを正面から宣言することにほかならない。

 犯罪の原因をただ、本人にのみ求めることは出来ず、その環境要因や背景等を考察すること抜きに、犯罪の理解も、また、その抑止・防止も出来ない。私たちが目指すべきは、罪を犯した人の更生の道を完全に閉ざすことなく、持続可能な社会を生成し、そうした取り組みを通じて、より一層、犯罪の発生に寄与するであろう環境要因を縮減させることである。

 そして死刑が、刑事裁判で審理された事件とは別に、別途、新たに生命を奪う刑罰であり、そのうちには誤判・えん罪の危険性をも内包していて、無実の者が生命を奪われる危険性があることなどを踏まえて、私たちは死刑のない社会が望ましいと考える。

 憲法や人権諸条約上の観点、国際的な動向にも鑑みて、当会は、ここに死刑制度は廃止されるべきであるとの立場を明らかにし、国に対し、死刑確定者に対する死刑の執行を直ちに停止することを求める。また、死刑に関する情報開示や死刑制度を廃止した場合の最高刑の在り方についての議論を深め、死刑制度の廃止に向けた取り組みを直ちに開始することを求めるものである。

以上

 

 

2021年3月2日      

神奈川県弁護士会臨時総会

 
 
 
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