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会長声明・決議・意見書(2012年度)

生活保護基準引き下げに強く反対する意見書

2012年11月15日更新

第1 意見の趣旨
来年度予算編成過程において生活保護基準を引き下げることに強く反対する。

第2 意見の理由

  1. 本年8月10日に成立した社会保障制度改革推進法(附則2条)において、「給付水準の適正化」を含む生活保護制度の見直しが定められたことを受け、政府が同月17日に閣議決定した「平成25年度予算の概算要求組替え基準について」では、「特に財政に大きな負担となっている社会保障分野についても、これを聖域視することなく、生活保護の見直しをはじめとして、最大限の効率化を図る。」との方針が強調されている。
    また、厚生労働省が公表している2013年度の予算概算要求の主要事項では、生活保護費を抑制するための「生活保護基準の検証・見直しの具体的内容については、予算編成過程で検討する」とされている。
    そして、本年10月5日に開催された社会保障審議会生活保護基準部会において、厚生労働省は、低所得世帯である第1十分位層(全世帯を所得階級に10等分したうち下から1番目の層の世帯)の消費水準と現行の生活扶助基準額とを比較するという検証方針を提案した。
    さらに、本年10月22日に開催された財政制度等審議会の財政制度分科会において、財務省は、医療扶助の自己負担制度導入など生活保護制度見直しを提言している。
    これら一連の事実経過から、来年度予算編成過程において、生活保護法8条に基づき生活保護基準を設定する権限を有する厚生労働大臣が、生活保護基準の引き下げを行うことは必至であろう。
  2. しかしながら、生活保護基準は、憲法25条が保障する「健康で文化的な最低限度の生活」の基準であって、我が国における生存権保障の水準を決する極めて重要な指標であるから、安易な引き下げは許されるものではない。
    まず、平成19年に改正された最低賃金法9条3項では、日本の最低賃金額が、米国を除く主要先進国と比べ軒並み低く、場合によっては生活保護基準以下となるとの批判を受けて、最低賃金が「生活保護に係る施策との整合性に配慮」することが要求されている。にもかかわらず、安易に生活保護基準が引き下げられれば、それに連動して現在でも生活保護基準以下となると批判される最低賃金の引き上げ目標額をさらに押し下げることになり、本来引き上げられるべき最低賃金の低減化につながりかねず、労働者の労働条件を悪化させるおそれがある。

    また、生活保護基準は、最低賃金だけでなく、地方税の非課税基準、介護保険の保険料・利用料や障害者自立支援法による利用料の減額基準、公立高校の授業料の減免基準、生活福祉資金の貸付対象基準、就学援助の給付対象基準など、福祉・税制・教育などの多様な施策の適用基準にも連動している。
    したがって、生活保護基準の引き下げは、現に生活保護を利用している人々の生活レベルを困窮させるだけでなく、上記施策を現に利用している低所得者層の市民生活にも深刻な影響を与えるのである。
    このような生活保護基準の重要性にかんがみれば、その引き下げの是非は、上記の生活保護基準部会などにおいて純学術的観点からの慎重な検討を踏まえて、広く市民の意見を求めた上、生活保護利用当事者の声を十分に聴取して決せられるべきである。同部会の学識経験者らが真摯な検討を行っているさなかに、財政目的の引き下げありきで生活保護基準が政治的に決せられることなど到底許されるべきではない。
  3. また、厚生労働省が提案する低所得世帯の消費支出と生活保護基準とを比較検証するという考え方は、合理性に欠ける。
    すなわち、2010年4月9日付けで厚生労働省が公表した「生活保護基準未満の低所得世帯数の推計について」によれば、生活保護の捕捉率(制度の利用資格のある者のうち現に利用できている者が占める割合)は2割ないし3割程度と推測され、生活保護基準以下の生活を余儀なくされている「漏給層(制度の利用資格のある者のうち現に利用していない者)」が7割ないし8割も存在する現状では、低所得世帯の支出が生活保護基準以下となるのは当然である。にもかかわらず、低所得世帯の中でも極めて所得の低い第1十分位層の消費水準との比較を根拠に生活保護基準を引き下げることを許せば、保護基準を際限なく引き下げていくことにつながり、合理性がないことは明白である。
    そもそも、1984年以降の生活保護基準の検証方式である「消費水準均衡方式」は、1983年の中央社会福祉審議会意見具申により、当時の生活保護受給世帯の消費水準が「一般国民の消費実態との均衡上ほぼ妥当な水準」であるとし、その均衡(格差)をそのまま維持せよとしたのをうけて導入されたものである。
    その当時、生活保護基準の妥当性を検証するうえで前提としていたのは、①平均的一般世帯の消費支出、②低所得世帯(第1十分位より遙かに高位の第1五分位〔全世帯を所得階級に5等分したうち下から1番目の層〕と第2五分位〔全世帯を所得階級に5等分したうち下から2番目の層〕の世帯)の消費支出及び③被保護世帯の消費支出、の3つの間の格差の均衡に留意するということであり、厚生労働省の提案する第1十分位という最低位層の消費支出に生活扶助基準を合わせるという考え方とは異なる。
    2007年11月30日にも、第1十分位の消費水準と比較するという考え方を前提に、当時の舛添要一厚生労働大臣が生活保護基準の引き下げを明言するなど、今回と同様の動きがあった。このときは、低所得世帯の消費水準と比較する考え方に対して、日本弁護士連合会を含む国民各層からの強い反対意見が沸き起こり、当時野党であった民主党もこれに強く反対をしたことから、政府は引き下げを断念したという経緯がある。現在、改めて低所得世帯の消費水準と比較する考え方を採用することを正当化する立法事実が検証されない中、再度前記考え方を採用しようとする動きは、引き下げの結論ありきとの批判を免れない。
  4. 神奈川県によれば、県下の生活保護受給者は、本年7月現在で15万2377人に上るが、生活保護受給者の世帯類型は、高齢者世帯が42.9%、母子世帯が8.2%、障害者世帯11.9%、傷病者世帯17.0%となり、これで全体の80%を占める。これらの世帯類型から明らかなとおり、現に生活保護を受給する方のほとんどは、生存権を確保するために生活保護制度に頼らざるを得ないのが実態なのである。これに対し、昨今生活保護費の不正受給の問題が大きくマスメディア等で取りあげられているものの、本年3月1日付け厚生労働省社会・援護局関係主管課長会議資料によれば、受給世帯における不正受給の割合は、約0.2%、生活保護費総額に対する割合は約0.4%に過ぎない。
    また、生活保護基準の安易な引き下げは、このような生活保護受給世帯ばかりか、最低賃金の低下や、生活保護基準が連動する上述の福祉・税制・教育など多様な施策を利用する多くの県民の生活に深刻な影響を与えることになる。とりわけ、生活保護基準と最低賃金とのいわゆる逆転現象が生じている神奈川県において、生活保護基準が引き下げられると、本来引き上げられるべき最低賃金の固定化・逓減化を招きかねず、容認できない。

 

よって、当会は、来年度予算編成過程において生活保護基準を引き下げることに強く反対する。

 

2012(平成24)年11月14日
横浜弁護士会
会長 木村 保夫

 
 
本文ここまで。