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会長声明・決議・意見書(2004年度)

神奈川県教育委員会と神奈川県警察との間の「学校と警察との間の情報連携に係る協定書」に関する意見書

2005年03月11日更新

意見の趣旨

神奈川県教育委員会と神奈川県警察との間で「学校と警察との間の情報連携に係る協定書」を締結することには反対である。


意見の理由

第1 「学校と警察との間の情報連携に係る協定書」締結の動き

 

  1. 協定書締結の動き

    (1)神奈川県教育委員会から神奈川県個人情報保護審議会に対する諮問

    去る2004(平成16)年12月28日、神奈川県教育委員会(以下「県教委」という)は、神奈川県個人情報保護審議会(以下「審議会」という)に対し、神奈川県個人情報保護条例(以下「条例」という)第8条第3項に定める個人情報の本人外収集及び学校が保有する個人情報の取り扱いに関する同条例第9条第1項の定める目的外提供について諮問した。

    (2)諮問の内容・趣旨

    本件諮問は、「学校と警察との間の情報連携に係る協定書に関する措置事務」に関するものである。

    神奈川県は、県教育庁と県警察本部との間で、「児童生徒の非行防止、犯罪被害防止及び健全育成に関し、緊密な連携を行う」ことを目的として、「学校と警察との間の情報連携に係る協定書」(以下「本件協定書」という)を締結し、県立の高等学校(現在153校)及び盲・ろう・養護学校(現在計22校)の児童・生徒に関する個人情報について、学校が警察から児童生徒の逮捕・身柄通告及び犯罪行為等に関する情報を収集し、あるいは、学校が警察に対して児童生徒の犯罪行為等に係る事実等に関する情報を提供する、という措置事務を実施しようとしている。

    かかる措置事務は、県教委が条例上の「実施機関」であることから(条例第2条第2号。これに対し、県警は実施機関とされていない)、条例が原則として禁止する「個人情報の本人外収集」(条例第8条第2項、上記について)及び「個人情報の目的外利用・提供」(条例第9条第1項、上記について)に該当するため、県教委は、例外として認められるか否かについて、条例第8条第2項第6号及び同第9条第1項第4号に基づき、審議会に対してその意見を聴く手続をとったものである。

    (3)審議会の審議状況

    本件諮問を受けた審議会では、2005(平成17)年1月13日、まず、審議会の県保有部会において、本件諮問について県の担当部局から説明がなされ、続いて審議が行われたが、結論は出ず、継続審議となった。

    また、県保有部会に引き続いて同日開催された審議会の全体会においても、本件諮問に関する説明の後、審議がなされたが、やはり継続審議となった。

    次回の審議会は、県保有部会・全体会とも、2005(平成17)年3月23日に開催が予定されている。
  2. 本件協定書(案)等の内容

    (1)本件協定書(案)の内容

    既に明らかになっている本件協定書(案)の内容は、以下のとおりである。

    目的
    協定の目的は、「神奈川県の児童生徒が心豊かでたくましく生きることができるため、神奈川県教育庁(以下「教育庁」という。)と神奈川県警察本部(以下「県警本部」という。)が、児童生徒の非行防止、犯罪被害防止及び健全育成に関し、緊密な連携を行うこと」(第1条)とされている。

    連携する機関、連携の内容
    連携を行う機関としては、(1)教育庁、(2)県警本部、(3)神奈川県立の高等学校、盲学校、ろう学校及び養護学校、(4)神奈川県内に置かれる警察署が挙げられ(第3条)、連携機関は、「相互に情報の提供を行うなど緊密な関係を図るものとする」(第4条第1項)とされている。

    情報が提供される事案
    この協定により情報が提供される事案は、以下のとおりとされている(第5条第1項)。
    ア 警察署から学校へ提供する情報
    a 児童生徒を逮捕及び身柄通告した事案
    b 児童生徒を含む非行集団による犯罪行為等の事案
    c 児童生徒による犯罪行為等のうち、他の児童・生徒に影響を及ぼすおそれのある事案
    d 児童生徒が犯罪行為等を繰り返している事案
    e 児童生徒が犯罪被害を受けるおそれのある事案

    イ 学校から警察署へ提供する情報
    a 犯罪行為等に関する事案
    b 児童生徒が著しい被害を受けるおそれのある、いじめ、児童虐待に関する事案
    c 暴走族等非行集団に関する事案
    d 薬物乱用等に関する事案<
    e 児童・生徒が犯罪被害を受けるおそれのある事案

    提供される情報
    上記事案において、提供される情報は、(1)当該事案に係る児童・生徒の学籍及び自宅電話番号、(2)当該事案の概要、(3)当該事案について学校が行った指導、であり(第5条第2項)、ここにいう「学籍」とは、生徒・児童の氏名、生年月日、住所、学年・組、入学・転籍入学年月日、保護者の氏名、を指す。(第2条第3号)。

    連携の方法等
    情報提供の方法は、「情報提供事案を取り扱った警察署長又は警察署長が指定する者及び校長又は校長が指定する者が口頭又は文書により行う」(第7条)とされ、情報提供が行われた場合には連絡票が作成され(第8条第1項)、その保存期間は1年間(作成日の属する年度の翌年度末)とされている(第8条第2項)。

    (2)県教委の実施要領(案)
    なお、本件協定書(案)第12条では、「協定の実施に関し必要な事項は、連携機関が別に定めることができる」とされている。

    これに基づき、県教委は、協定実施に関する学校側の内部準則案として、「『学校と警察との間の情報連携に係る協定書』に係る実施要領(案)」を準備している。それによれば、「学校は警察署と連絡を取り合った件数を、年度ごとにまとめ、学校と警察との連絡件数報告書により、県立高校においては神奈川県教育庁教育部高校教育課長に、県立盲学校、ろう学校及び養護学校においては同障害児教育課長に報告するものとする」(第5条第2項)とされている。

    これに対し、県警は、警察側の内部準則案について、何ら公表していない。
  3. 本件協定書(案)の根拠と「必要性」

    (1)本件協定書(案)の根拠

    上記のとおり、本件協定書(案)は、非行防止等の目的から、学校と警察との情報連携を定めるものであるが、その根拠とされているのは、文部科学省初等中等教育局児童生徒課長が平成14年5月27日付で発した通知「学校と警察との連携の強化による非行防止対策の推進について」(14初児生第6号、以下「本件文科省通知」ともいう)である。

    本件文科省通知は、同日付の警察庁生活安全局少年課長通知「学校と警察との連携の強化による非行防止対策の推進について」(警察庁丁少発第86号、以下「本件警察庁通知」ともいう)を受ける形で、各都道府県教育委員会指導事務主管課長、各知事部局私学学校主管課長及び付属学校を置く各国立大学局長に対し、学校と警察との連携の一層の強化が図られるよう、配慮を求める内容となっている。

    (2)学校と警察の連携強化の「必要性」

    本件文科省通知が前提とする本件警察庁通知では、学校と警察との連携強化の「必要性」について、概要、以下のように指摘している(通知書添付の執務資料「学校と警察との連携の強化による非行防止対策の推進について」。本件文科省通知もこれを引用する)。

    すなわち、最近の少年非行情勢については、凶悪・粗暴な少年非行が深刻化しているなど極めて憂慮すべき状況にあり、このような情勢の原因・背景としては、少年自身の規範意識の低下、家庭のしつけや学校の在り方、地域社会の問題、少年を取り巻く環境の悪化等の要因が複雑に絡み合っているものと考えられる。

    このような少年非行の問題については、学校と警察とが緊密に連携して取り組んでいくことが重要であり、昭和38年に出された警察庁保安局長と文部省初等中等教育局長の通達(知)に基づき、全国で学校警察連絡協議会(以下「学警連」という)等が設けられており、平成9年には改めて学校と警察との連携の強化について通達(知)を発するなどして、非行防止と被害防止に関する具体的措置に係る協議及びその実施等を推進し、関係機関相互の情報連携だけでなく行動の連携も必要であること等について指導がなされてきた。

    しかしながら、学警連等の場が、形だけのものとして具体的な非行防止対策に役立っていないケースも見られることから、少年の非行・被害をより効果的に防止し健全な育成を目指すとともに、少年の再非行防止や被害回復に向けた事後の継続的な指導・支援をよりきめ細やかにおこなうためには、学校と警察とが信頼関係を構築した上で、学警連等を始めとする協議の場を、一般的な情報交換の場にとどめず、より実質的な連携の場として、具体的な事案対応や街頭補導等の活動を協力して推進していくことが重要である、と。 

    (3)小括

    以上のとおり、本件文科省通知及び本件警察庁通知は、全国で学警連等における連携が行われているものの、それが形式的なものになるなど非行防止対策に役立っていないケースがあるとし、「より一層の連携強化をはかる必要性がある」としており、本件協定書(案)は、これを受け、神奈川県立の高等学校等と警察との情報連携を図ろうとするものである。
  4. 同種連携に関する全国の状況

    (1)全国の状況

    本件協定書(案)と同様に、教育委員会と警察との間で情報連携に関する協定を締結する動きは、2002(平成14)年10月に宮城県で「みやぎ児童生徒サポート制度」が発足したのを初めとして、次第に全国の地方自治体に広がりつつあり、既に17の都道県が同様の協定を締結し、神奈川県を含む4県が協定締結を予定している(神奈川新聞社調べ。以下同じ)。

    しかし、他方、本件協定書(案)のように「警察から学校」及び「学校から警察」という「双方向」での情報提供を定める「協定」を締結するのではなく、「警察から学校へ」という「一方向」の情報提供だけを「実施要領」などにより事実上認めるという方式をとる地方自治体も少なくなく、その数は13府県に上っている。

    さらに、9の府県では、「双方向」「一定方向」いずれの情報連携もする予定がないとしている。

    なお、東京都においては、2004(平成16)年4月に東京都教育委員会と警視庁との間で協定が締結されたが、都下の自治体では、同年9月末の時点で、協定を締結したのは23区中15区、26市中13市となっている(警視庁の「学校連絡制度締結状況」)。

    (2)神奈川県内の締結状況

    神奈川県内では、横浜市教育委員会が、2004(平成16)年11月1日、本件協定書(案)とほぼ同様の内容の協定書を、神奈川県警察との間に締結している。

    これに対し、川崎市教育委員会は、このような協定は同市の個人情報保護条例に抵触するとして、協定書の締結を見送っている。

    (3)今後予想される動き

    本件協定書(案)の根拠とされている本件文科省通知は、各都道府県教育委員会指導事務主管課長とともに、各知事部局私学学校主管課長及び付属学校を置く各国立大学局長をも名宛人としている。

    したがって、今後、本件協定と同様の協定締結の動きが、全国の私立学校及び国立大学の付属学校にも波及していくものと考えられる。

    また、県が本件協定を締結すれば、その動きは県内の各市町村にも波及し、高等学校のみならず、県内の小・中学校をも対象とした警察との情報連携が進んでいくことが予想される。

 

第2 個人情報保護の観点から見た本件協議書(案)の問題点


しかし、本件協定書(案)には、個人情報の保護という観点から見たとき、以下のように様々な問題点がある。
 

  1. 「目的外利用・提供」(学校から警察への情報提供)について

    (1)目的外利用・提供の禁止

    条例は、個人情報を収集目的外で利用・提供することを原則的に禁止し、例外として認められる場合を、以下の4つに限定している(第9条第1項)。

    法令等の規定に基づき利用し、又は提供するとき。
    本人の同意に基づき利用し、若しくは提供するとき、又は本人に提供するとき。
    個人の生命、身体又は財産の安全を守るため緊急やむを得ない必要があると認めて利用し、又は提供するとき。
    前3号に掲げる場合のほか、審議会の意見を聴いた上で必要があると認めて利用し、又は提供するとき。

    これは、「個人の尊厳を保つ上で個人情報の保護が重要であることにかんがみ…個人情報の適正な取扱いの確保に関し必要な事項を定めることにより、県内における個人情報の取扱いに伴う個人の権利利益の侵害の防止を図り、もって基本的人権の擁護…に資することを目的とする」(第1条)という条例の基本的な立場に基づき、「個人情報は、情報主体者が同意する場合か、収集目的が合理的理由のある場合に収集されるのであるから、その目的以外に利用することは許されない」という、いわゆる「利用制限の原則」を定めたものであり、その趣旨は、個人の自己情報コントロール権を保障しようとするところにある。

    (2)本件協定書(案)の内容

    これに対し、本件協定書(案)は、「この協定により提供する情報は、児童生徒の非行防止、犯罪被害防止及び健全育成を図るため、連携を行うことが必要と認められる次の事案に係るものとする」とし、学校が警察署へ情報を提供する事案として、以下の5つを挙げている(第5条第1項第2号)。

    犯罪行為等に関する事案
    児童生徒が著しい被害を受けるおそれのある、いじめ、児童虐待に関する事案
    暴走族等非行集団に関する事案
    薬物乱用等に関する事案
    児童・生徒が犯罪被害を受けるおそれのある事案

    そして、これらに該当する場合には、(1)当該事案に係る児童・生徒の学籍(生徒・児童の氏名、生年月日、住所、学年・組、入学・転籍入学年月日、保護者の氏名)及び自宅電話番号、(2)当該事案の概要、(3)当該事案について学校が行った指導、が学校から警察へ提供されることになる(第5条第2項、第2条第3号)。

    (3)本件協定書(案)の問題点

    上記のような学校から警察への情報提供は、県教委が条例上の「実施機関」にあたることから(県警は実施機関とされていない)、実施機関による個人情報の目的外利用・提供にあたるが、例外として許容される条例第9条第1項第1号から第3号のいずれにも該当しないため、「審議会の意見を聴いた上で必要とあると認めて利用し、又は提供するとき」でなければ、認められない(条例第9条第1項第4号)。

    この点、本件協定に基づき学校から警察に提供される個人情報は、信頼関係を基礎として人格的な関わり合いが求められている教育現場において、教育的指導を行う目的で収集された情報であるところ、そのような教育目的と犯罪の取締・予防という警察目的とは、本質的に全く異なる目的である(両目的が相反する場面さえ少なくない)。そして、ここで問題となる個人情報の内容は、犯罪行為や犯罪被害、さらには「いじめ」や児童虐待などに関するものであり、その取扱いに不安あるいは苦痛を感じさせる程度が強く、基本的人権を侵害する危険性が高い、いわゆる「センシティブ情報」と呼ばれるものである。

    したがって、かかる場合に個人情報を保護する必要性は高く、情報を収集目的外で提供することが許容されるか否かについては、その目的が明確であるか、及びその手段が目的を達成するために必要であり、かつ最小限度のものであるか否かが、厳格に審査されなければならない。さらに、その審査にあたっては、条例第6条が「犯罪歴」等の「センシティブ情報」を取扱うことを原則として禁止しており、犯罪行為等に係る情報も、少なくともこれらに準じて基本的人権に配慮した対応が求められていることに留意する必要がある。

    このような見地から検討した場合、本件協定書(案)には以下のような問題がある。

    本件協定書(案)の根拠

    まず、本件協定書(案)がその根拠としているのは、文部科学省の「課長通知」である。

    しかし、このような行政機関の「通知」には、条例が目的外提供を例外的に許容する「法令等の規定」(第9条第1項第1号)と異なり、議会による民主的なチェックが全く及んでいない、ということが大きな問題である。

    この点、教育目的の個人情報を警察へ提供することについては、特に慎重な配慮が必要とされ、刑事訴訟法197条2項による照会事案においても、同項が個人情報保護条例にいう「法令等」には該当しないとして、照会に応ずるべきでないとする判断がなされることが少なくない(逗子市個人情報保護運営審議会の平成8年7月26日答申。なお、他の地方自治体でも同様の判断あり)。つまり、個人情報保護の見地からは、犯罪捜査に関する刑事訴訟法の規定でさえ、例外的に目的外提供を許容する場合にはあたるものではない、とする解釈も有力なのであり、文部科学省の「課長通知」のみを根拠とする本件協定書(案)は、法的根拠がさらに不十分といわざるを得ないのである。

    本件諮問における「協定」

    また、本件諮問は、本件協定書(案)の締結に基づく措置事務全体について、事前かつ包括的に審議会の意見を聴く形をとっている。

    しかし、人格的利益に関わる個人情報保護の重要性からすれば、条例の第9条第1項第4号は、例外的に本人外収集もしくは目的外利用・提供を必要とする場合について、原則として、審議会が、実施機関から個別事案について諮問を受け、当該事案の具体的な事情を考慮した個別的な判断を下すことを要求しているものと解される。

    とりわけ、本件協定書(案)のように、犯罪行為等などに係るセンシティブな情報について、教育目的で収集した当該情報を収集目的外で警察に提供したり、教育機関たる学校が本人外から当該情報を収集したりする場合には、より一層、個別的な事情を詳細に検討しての厳密かつ慎重な判断が要求される。

    実際にも、本件協定書(案)の締結に基づいて情報連携が実施されるであろう事案は千差万別であり、取り扱われるであろう情報の内容も多種多様であることが予想され、具体的にどのように措置事務が実施されるのかは、現段階では全く予測の域を出ないのであるから、その必要性・相当性を事前かつ包括的に判断することは本来不可能である。いったん包括的にこの措置事務を認めてしまえば、審議会が想定した範囲を超えて個人情報の本人外収集と目的外利用・提供が行われる危険性が否定できず、それに対する審議会による事後的なチェックが働かなくなってしまうことになる。

    以上からすれば、本件協定書(案)の締結に基づく情報連携という措置事務全体について、事前かつ包括的に審議会の意見を聴く本件諮問は、条例第9条第1項第4号の趣旨を潜脱するものであり、この点でも大きな問題があるをいわざるを得ない。

    本件協定書(案)の内容

    ア 本件協定書(案)の「目的」

    本件協定書(案)の「目的」は、「児童生徒の非行防止、犯罪被害防止及び健全育成」(第1条)とされている。

    しかし、「非行防止」と「犯罪被害防止」は、基本的には全く別の目的であるし、さらに「健全育成」という目的は、内容が極めて多義的であり、かつ曖昧である。

    このように、事務の「目的」が単一ではなく、さらにその意味するところが一義的かつ明確ではないため、「その手段が目的を達成するために必要であり、かつ最小限であるか否か」という判断自体が困難にならざるを得ない、という問題点がある。

    イ 情報提供事案の範囲

    さらに問題なのは、学校が警察に情報を提供する事案が、極めて広範であり、かつその範囲が不明確であることである。

    まず、本件協定書(案)第5条第1項第2号で情報提供事案としている「犯罪行為等に関する事案」の「犯罪行為等」について、本件協定書(案)第2条第2号は、「違法行為及び不良行為(飲酒、喫煙、深夜はいかいその他自己又は他人の徳性を害する行為」と定義しているが、「飲酒、喫煙及び深夜はいかい」といった問題行動についてまで、広く警察への情報提供事案とするのは、本件協定書(案)第1条の「目的」に照らしても、その範囲が広範にすぎるといわざるをえない。さらに、「その他自己又は他人の徳性を害する行為」という定義に至っては、それが何を意味するのか、余りに不明確であり、その解釈如何によっては、情報提供事案の範囲が無限定に広がりかねない。この点、本件協定書(案)第6条は、「連携は、情報提供事案に係る児童・生徒の非行防止、犯罪被害防止及び健全育成に関する範囲に限るものとする」としているが、特に「健全育成」という概念は極めて多義的かつ曖昧であることから、歯止めとはなり得ない。

    なお、県教委の実施要領(案)第3条第1項は、「この協定により学校から警察署に情報を提供する事案は、次に掲げる第1号から第5号までの場合で、校長がこの協定の目的に合致すると認め、警察署との連携が必要であると判断したものとする」としているが、同項第1号から第5号が規定する場合も、広範かつ不明確な範囲に及んでおり、その該当性の有無を校長の判断に委ねることで、恣意的な運用の危険性や学校による取扱の格差が生じる可能性がある。

    また、同項第1号では、「児童生徒が学校の指導の限界を超える犯罪行為等を行うなど、自己及び他者の生命・身体・財産・名誉等を害する事案を認知した場合」を挙げており、学校の指導の範囲内であれば情報提供事案に該当しないかのようにも読め、一定の絞りがかかっているかのようにも見えるが、同号にいう「学校の指導の限界を超える犯罪行為等」については、「自己及び他者の心身に重大な影響を及ぼすおそれのある暴力行為、脅迫行為、恐喝行為、器物損壊行為、わいせつ行為、ストーカー行為及び他者の財産を脅かす窃盗行為をいう」(第3条第2項)と定義されており、これらに該当すれば、直ちに「学校の指導の限界を超える」とみなされるのであって、やはり情報提供事案の範囲がほとんど無限定に広がりかねないことに変わりはない。

    さらに、本件協定書(案)第5条第1項第2号は、「児童生徒が著しい被害を受けるおそれのある、いじめ、児童虐待に関する事案」及び「児童・生徒が犯罪被害を受けるおそれのある事案」についても、学校が警察に情報を提供するとしているが、そのような「おそれ」をどのようにして判断するのか、全くその基準はなく、解釈如何によっては、やはり情報提供事案の範囲が無限定に広がりかねないという問題がある。

    ウ 提供される情報の内容

    上記の情報提供事案において、学校が警察に提供する個人情報は、それが当該児童生徒や関係者の犯罪行為を立証し、児童生徒や関係者が保護処分あるいは刑罰を受ける際にも証拠とされる可能性があるなど、極めて重要な意味を持つものである。この点に関し、本件協定書(案)は、「相互に提供する情報については、正確性を確保すること」(第10条第1号)としている。

    しかし、そもそも学校は、警察のような捜査機関ではなく、教育機関というその本来の性格からしても、犯罪行為等に関する情報の正確性を確認し検証する手段や能力には乏しい。また、学校が警察への情報提供を考える事案では、教師の児童生徒との関係や、児童生徒に対する個人的感情が入り込むことにより、情報が不正確になる可能性も否定できない。場合によっては、特定の児童生徒と対立する生徒等からの虚偽通告によって、誤った個人情報が警察に提供されてしまうという事態さえあり得る。

    他方、情報の本人や保護者は、提供される情報の内容や情報提供の事実自体を知らされないことから(後述するとおり、本件諮問では、条例第9条第2項による本人への通知を「しない」としている)、誤った内容の個人情報が提供されても、その本人や保護者による情報の確認・訂正等が行われることは、まず考えられない。

    その結果として、学校から警察に提供される個人情報の内容について、その正確性が全く担保されないことになる。このことは、極めて大きな問題である。誤った情報が提供されることにより、児童生徒に対する誤認逮捕や冤罪が引き起こされる危険性さえ否定できないのである。

    また、学校から警察に提供される情報は、教育現場において教育目的のために収集されたセンシティブな個人情報である。そのような情報が、本人が知らない間に当初の目的とは異なり警察に提供されることになれば、児童生徒・保護者と教師との基本的な信頼関係が損なわれ、教育自体が成り立たなくなるおそれがある。

    本人通知に関する問題点

    さらに、条例は、実施機関に対し、第9条第1項第4号に基づいて個人情報の目的外利用・提供を実施する場合には、審議会に意見を聴いた上で適当と認めたとき以外、個人情報を目的外に利用・提供した旨及びその目的を、本人に通知しなければならないと定めている(条例第9条2項)。

    しかるに、本件諮問では、上記本人通知を「しない」とし、その理由として「児童虐待等の場合には保護者に連絡することによって、児童・生徒の安全が脅かされる場合が考えられる。薬物乱用等の場合には証拠隠滅や逃走、さらには犯罪関係者からの報復も予想される」としている(諮問文書添付の第3号書式。なお、この点に関し、県教委の実施要領(案)では、「情報提供を行う場合には、事前又は事後に、当該児童生徒及び保護者に対し、以下の場合を除いて連絡するものとする」とし、その例外として、(1)児童虐待等の場合、(2)薬物乱用等に関する事案、(3)警察の捜査に関わる事案を挙げており(第7条)、本人及び保護者に通知する場合があるかのようにも読めるが、本人通知をしないとしている本件諮問との整合性に疑問があるし、実際上も、情報提供が行われるほとんど全ての事案が例外として挙げられている上記3事案に該当するであろうから、やはり本人に通知される事例はほとんどないものと考えられる)。

    しかし、本人通知は、条例も認める個人情報の開示請求権(第15条)及び訂正請求権(第21条)を行使し、不適正な取扱いに対する是正の申し出(第26条)をなす前提を保障するものであって、個人情報保護を十全ならしめるための重要な要件であることからすれば、一律に本人通知を「しない」としている本件諮問には、合理的な理由を見い出すことができず、目的達成のための手段として必要かつ最小限度の範囲を超えているといわざるを得ない。
  2. 「本人外収集」(警察から学校への情報提供)について

    (1)本人外収集の禁止

    条例は、個人情報を本人以外から収集することを原則的に禁止し、例外として許容される場合を、以下の場合に限定している(第8条第3項)。

    法令等の規定に基づき収集するとき。
    本人の同意に基づき収集するとき。
    個人の生命、身体又は財産の安全を守るため緊急かつやむを得ない必要があると認めて収集するとき。
    出版、報道その他これらに類する行為により公にされたものから収集するとき。
    他の実施機関から次条第1項各号のいずれかに該当する提供を受けて収集するとき、審議会の意見を聴いた上で、本人から収集することにより県の機関又は国若しくは他の地方公共団体の機関が行う当該事務又は事業の性質上その目的の達成に支障が生じ、又は円滑な実施を困難にするおそれがあることその他本人以外の者から収集することに相当な理由があることを実施機関が認めて収集するとき。

    これは、個人の尊厳を保つ上での個人情報保護の重要性に基づき、個人情報の取扱いに伴う個人の権利利益の侵害防止を図るため(条例第1条)、「個人情報は、一定の目的のためにのみ使用されるという約束に基づき、そこにできる信頼関係をもとに提供されるべきものであるから、情報は、合理的な理由がない限り、本人から収集すべきである」とする「本人からの直接収集の原則」を定めたものであり、その趣旨は、やはり個人の自己情報コントロール権を保障しようとするところにある。

    (2)本件協定書(案)の内容

    これに対し、本件協定書(案)は、「この協定により提供する情報は、児童生徒の非行防止、犯罪被害防止及び健全育成を図るため、連携を行うことが必要と認められる次の事案に係るものとする」とし、学校が警察署から情報提供を受ける事案として、以下の5つを挙げている(第5条第1項第1号)。

    児童生徒を逮捕及び身柄通告した事案
    児童生徒を含む非行集団による犯罪行為等の事案
    児童生徒による犯罪行為等のうち、他の児童・生徒に影響を及ぼすおそれのある事案
    児童生徒が犯罪行為等を繰り返している事案
    児童生徒が犯罪被害を受けるおそれのある事案

    そして、これらに該当する場合には、(1)当該事案に係る児童・生徒の学籍(生徒・児童の氏名、生年月日、住所、学年・組、入学・転籍入学年月日、保護者の氏名)及び自宅電話番号、(2)当該事案の概要、が提供されることになる(第5条第2項、第2条第3号)。

    (3)本件協定書(案)の問題点

    上記のような警察から学校への情報提供は、県教委が条例上の「実施機関」であることから(県警は実施機関とされていない)、実施機関による個人情報の本人外収集にあたるが、例外として許容される条例第8条第3項第1号から第5号のいずれにも該当しないため、「審議会の意見を聴いた上で、本人から収集することにより県の機関又は国若しくは他の地方公共団体の機関が行う当該事務又は事業の性質上その目的の達成に支障が生じ、又は円滑な実施を困難にするおそれがあることその他本人以外の者から収集することに相当な理由があることを実施機関が認めて収集するとき」でなければ認められないことになる(条例第8条第3項第6号)。

    この点、本件協定に基づき学校が警察から収集する個人情報も、逮捕・身柄通告に係る事実や、犯罪行為等及び犯罪被害に関するものであり、やはり取扱いに不安あるいは苦痛を感じさせる程度が強く、基本的人権を侵害する危険性が高い「センシティブ情報」にあたる。

    したがって、かかる場合にも、個人情報を保護する必要性は高く、情報を本人外から収集することが許容されるか否かについては、やはり、その目的が明確であるか、及びその手段が目的を達成するために必要であり、かつ最小限度のものであるか否かが、厳格に審査されなければならない。さらに、その審査にあたっては、条例第6条が「犯罪歴」等の「センシティブ情報」を取扱うことを原則として禁止しており、逮捕・身柄通告に係る情報などについては、これに該当するものとも解され、少なくともこれらに準じて基本的人権に配慮した対応が求められていることに、十分留意する必要がある。

    このような見地から検討した場合、本件協定書(案)には以下のような問題がある。

    本件協定書(案)の根拠

    まず、上記1で述べたと同様、本件協定(案)の根拠が文部科学省の「課長通知」であり、条例が例外として挙げる法令等(第1号)とは異なり、議会による民主的チェックが働いていない点が大きな問題である。

    本件諮問における「協定」

    次に、これも上記1と同様、具体的事案に係る個別案件としてではなく、協定締結に基づく情報連携という措置事務全体について、事前かつ包括的に意見を聴く形をとる本件諮問は、条例第8条第3項第6号の趣旨を潜脱するものであり、大きな問題がある。

    本件協定書(案)の内容

    ア 本件協定書(案)の「目的」

    また、上記1で述べたと同様、本件協定書(案)の「目的」が、単一ではなく、さらに多義的かつ曖昧であるため、「その手段が目的を達成するために必要であり、かつ最小限であるか否か」という判断自体が困難である。

    イ 情報提供事案の範囲

    さらに、学校が警察から情報を収集する事案(第5条1項1号)についても、上記1の場合と同様、やはり「犯罪行為等」の範囲が広範にすぎるし、「他の児童・生徒に影響を及ぼすおそれ」「児童生徒が犯罪被害を受けるおそれ」といった要件も不明確であり、第6条の規定も歯止めとはなり得ない。

    ウ 提供される情報の内容

    加えて、学校が警察から収集する情報は、逮捕及び身柄通告に係るもののみならず、「犯罪行為等」に関する情報も含まれるところ、「犯罪行為等」が、「違法行為」だけでなく、「不良行為」すなわち「自己又は他人の徳性を害する行為」(第2条第2号)まで含むことから、警察から提供される情報の中には、犯罪捜査による裏付けがないものまで含まれる可能性があり、その意味で、やはり情報内容の正確性が十分に担保されているとはいえない。

    本人通知に関する問題点

    条例は、実施機関に対し、第8条第3項第6号に基づいて個人情報の本人外収集を実施する場合には、審議会に意見を聴いた上で適当と認めたとき以外、本人外から個人情報を収集した旨及び当該個人情報に係る取扱目的を、本人に通知しなければならないとしている(条例第8条4項)。

    しかるに、本件諮問は、上記本人通知を「しない」とし、その理由として「児童虐待等の場合に、保護者に通知することによって、児童・生徒の安全を脅かされる場合があると考えられる」としている(諮問文書添付の第2号書式。なお、この点に関する県教委の実施要領(案)第7条には本件諮問との整合性に疑問があり、たとえ同条によっても実際上本人に通知される事例はほとんどないと考えられるのは、既に述べたとおりである)。

    しかし、上記1でも述べたとおり、本人通知は、本人による個人情報の開示・訂正請求権及び是正申し出の前提を保障し、個人情報保護を十全ならしめるための重要な要件であるから、一律に本人通知を「しない」としている本件諮問には、合理的な理由を見い出すことができず、目的達成のための手段として必要かつ最小限度の範囲を超えているといわざるを得ない。
  3. その他の問題点

    (1)取扱いの制限(条例第6条)

    条例は、(1)思想、信条及び宗教、(2)人種及び民族、(3)犯罪歴、(4)社会的差別の原因となる社会的身分に関する情報については、原則として、その取扱いを禁止している(第6条)。これらの情報は、その取扱いに対して不安や苦痛を感じさせる程度が強いとともに、基本的人権を侵害する可能性が高いものであることから、その取扱いが原則として禁止されるのである(いわゆる「センシティブ情報」)。

    この点、既に述べたとおり、本件協定書(案)では、学校が警察から収集する情報として、逮捕・身柄通告の事実や、犯罪行為等あるいは犯罪被害に関する情報が予定されており、学校が警察に提供する情報としては、犯罪行為等や「いじめ」、児童虐待、犯罪被害などの情報が予定されている。

    これらのうちには、条例第6条第3号が取扱いを禁止する「犯罪歴」に該当すると解される情報もあり、少なくともこれらに準ずる情報と解されることから、個人情報の保護をはかる見地からすれば、実施機関である県教委は、条例第6条との関係においても審議会の意見を聴くべきであるし、本件協定書(案)には、同条が定める取扱いの制限の観点からも問題があるといわざるを得ない。

    (2)情報の保管・情報管理

    保管期間

    まず、本件協定書(案)によれば、相互に提供された情報は、いつまでも管理され、消去されないおそれがある。

    確かに、この点について、本件協定書(案)は、学校と警察署との間で情報提供を行った場合には、「連絡票」を作成するものとし(第8条第1項)、その保存期間は1年間(作成日の属する年度の翌年度末)としているが(第8条第2項)、県教委の実施要領(案)を含め、連絡票の内容をコンピュータに入力したり、別の書類(例えば、連絡内容の一覧表など)に転記して保管し続けることは禁じられておらず、連絡票を含む情報の廃棄の手順についても何ら定められてはいない。

    特に、警察にとっては、学校から提供される、犯罪行為等・いじめ・虐待などに係る児童生徒の個人情報は、犯罪捜査や犯罪予防のために有用な情報であることから、児童生徒が成人した以降も含め、長期間にわたって警察において保管される可能性があり、その場合、事実上無限定な目的外利用や情報漏洩等の危険性を高めることになる。

    保管方法

    また、本件協定書(案)によれば、学校と警察とが児童生徒に関する個人情報を取り扱う機会が増えるため、情報が漏洩するおそれが増大する。

    この点、本件協定書(案)は、相互に提供された情報について、秘密保持を徹底するとともに、この協定の目的以外の目的に当該情報を利用してはならない(第9条)と定めるが、県教委の実施要領(案)を含め、「連絡票」の保管方法など、秘密保持のための具体的規定は全く定められておらず、秘密保持の実効性には大いに疑問が残る。

    (3)情報の開示・訂正等 

    さらに、条例は、誤った情報により、個人の権利利益が侵害されることを防止する見地から、「何人も、実施機関が保有する自己を本人とする個人情報の開示を請求することができる」(第15条第1項)として、自己情報の開示請求権を認めたうえで、「何人も、実施期間が保有する自己を本人とする個人情報について事実に誤りがあると認めるときは、その訂正(削除を含む。以下同じ。)を請求することができる」(第21条第1項)として、自己情報の訂正請求権を認め、さらに、「何人も、実施機関が行う自己を本人とする個人情報の取扱いが不適正であると認めるときは、当該個人情報の取扱いの是正を申し出ることができる。」(第26条第1項)として、自己情報の不適正な取扱いに関する是正の申し出を認め、もって個人情報コントロール権の保障を図っている。

    しかるに、既に述べたとおり、本件諮問は、学校による個人情報の本人外収集及び目的外提供のいずれについても、その事実を本人に通知することを「しない」としているため(諮問書添付の第2号・第3号様式)、個人情報の本人が開示・訂正請求権を行使し、あるいは不適正な取扱いに関する是正の申し出をなすための前提が、全く保障されないことになる。

    さらに、仮に何らかの理由で個人情報の本人外収集あるいは目的外提供の事実を知り得たときであっても、当該情報の開示請求に対しては、「犯罪の予防、犯罪の捜査、個人の生命、身体及び財産の保護その他公共の安全の確保のため」として「不開示」の決定がなされ(条例第15条第4項第6号)、あるいは「当該開示の請求に係る個人情報が存在しているか否かを答えるだけで…不開示とすべき情報の開示をすることになる」として「存否応答拒否」とされる可能性が極めて高い(同第15条の2)。

    このように、本件諮問に係る本件協定書(案)は、取扱いに慎重な配慮を必要とするセンシティブ情報を取り扱う内容でありながら、本人による個人情報の開示・訂正請求及び是正申し出の機会を保障しておらず、その意味においても問題が大きいといわざるを得ないのである。



第3 本件協定の締結が教育に与える影響

 

  1. 学校から警察への情報提供が与える影響

    既に述べたとおり、本件協定書(案)は、学校から警察へ個人情報を提供する事案について、犯罪行為のみならず、「飲酒、喫煙、深夜はいかいその他自己又は他人の徳性を害する行為」や「いじめ」まで対象としており、従来は教育的指導による対応がなされていた児童生徒の問題行動についてまで、広く警察への情報提供の対象としたうえ、学校ごとに警察と連絡を取り合った件数を県教育庁へ報告するよう義務づけている(実施要領第5条2項)。

    しかし、このような措置事務が実施されることになれば、以下のような教育への悪影響が懸念される。

    (1)そもそも、教育は、教師と児童生徒との信頼関係を基盤とし、両者の人格的な接触を通じて行われるべきものであり、そのようにしてこそ、教育指導の効果は十全に発揮される。児童生徒は、未熟であっても成長していく存在としてとらえられ、失敗や過ちを犯しながらも教育によってそれを克服し、人格を形成させていくべきものである。教育基本法も、「教育の目的は、あらゆる機会に、あらゆる場所において実現されなければならない。この目的を達成するためには、学問の自由を尊重し、実際生活に即し、自発的精神を養い、自他の敬愛と協力によって、文化の創造と発展に貢献するように努めなければならない。」(第2条)としている。

    しかるに、学校から警察への情報提供が実施されるようになれば、児童生徒は、教師との接触において、常に学校と警察との関わりを気にしなくてはならなくなり、教師と児童生徒との間の基本的な信頼関係が損なわれかねない。児童生徒としては、教師から「警察に個人情報を提供することがある」と説明されれば、それはいわば自分達に対する「脅し」と受け止めても不思議ではなく、教師への不信感にも繋がるおそれがある。、実際、教師によっては、十分な教育的指導を尽くさないまま、警察に対する情報提供を背景として児童生徒を抑え込もうとすることも考えられ、そうなれば、教育自体が変容してしまう危険性がある。さらには、学校には警察との間での情報取扱い件数につき県教育庁への報告が義務づけられることもあり、この協定による連携を強化しようとすれば、いきおい、教師が、児童生徒の問題行動を見逃さないよう、児童生徒を「監視」する役割を担わされることが懸念される。問題行動を見逃すまいとするあまり、児童生徒に対して他の児童生徒に関する「監視」をさせ情報提供を促す、という教師さえ現れないとは限らず、そのようなことになれば、学校教育に決定的な悪影響を及ぼすことになるであろう。

    また、本件協定書(案)によれば、児童生徒・保護者が学校に相談するなどし、それによって学校が得た児童生徒の個人情報が、当該児童生徒・保護者の意に反して学校から警察へ提供されてしまうことが起こ得ることになる。その意味でも、児童生徒・保護者の学校に対する信頼関係は損なわれかねない。

    (2)さらに、学校が収集した個人情報を警察に提供するとなれば、これまでは教師を信頼して率直に相談をしていた児童生徒・保護者でさえ、「警察沙汰」になることを避けるために教師に相談することを躊躇してしまう可能性が否定できない。

    特に、報復をおそれる「いじめ」の場合や、事実の申告に羞恥心を伴う性被害の事案などについては、被害の相談を控えることにつながってしまうおそれが大きい。そうなれば、問題行動等に対する適切な教育指導のきっかけを失うばかりでなく、「いじめ」や児童虐待による被害を防止する機会を逸し、かえって問題を深刻化させ、重大な事態を招く危険もある。

    学校は、これまで、教育目的であるからこそ、児童生徒の個人情報を本人や保護者から収集して保有し、これらを基に教育指導をすることが可能になっていたのに、警察への情報提供が制度化されることになれば、教育上必要な個人情報さえ収集・保有することができなくなるということにもなりかねないのである(この点、いわゆる「いじめ自殺」をめぐる訴訟などにおいて、同級生の作文やアンケートなどの文書提出を拒む論拠として、「これらの文書が公になると、生徒にありのままの心の内を表白させることができなくなり、信頼関係のうえに立つ生徒指導自体が成立しなくなる」との理由が、地方自治体の側から主張される場合が多いことが想起されるべきである)。

    (3)加えて、教育現場においては、違法行為に至らない程度のものも含め、児童生徒の問題行動に対しては、児童生徒との信頼関係に基づく教師の教育的指導によって対応されてきた。そのような教育的働きかけによってこそ、児童生徒が心を開いて自身の行為を反省し、自覚的・自律的に改善をはかることができ、その結果、問題が真に解決され、児童生徒も失敗を克服しながら成長していくことができるのである。

    とりわけ、「いじめ」や飲酒・喫煙などの、違法行為に至らない程度の問題行動(本協定書(案)第2条第2号にいう「不良行為」)に対しては、児童生徒の成長を見守りつつ、教育的指導をすることによって十分に対応可能であるし、そういった対応こそが、児童生徒の自律的な真の改善をもたらすのである。

    しかるに、このような問題行動(不良行為)についてまで含める形で、広く学校に警察への情報提供が求められ、取扱い件数の報告が義務づけられることになれば、いかに本件協定書(案)が、児童生徒への対応に教育効果及び健全育成に配慮した適切な措置を求めたとしても(第10条第2号)、学校としては、いきおい、警察との連携や警察による対応を優先せざるを得なくなり、学校内での教育的指導の位置づけが後退し、ひいては学校のもつ教育機能自体が今以上に弱体化しかねない。

    (4)1994(平成6)年5月からわが国で効力を生じている子どもの権利条約では、「子どもに関するすべての措置をとるにあたっては、…社会福祉施設、裁判所、行政当局又は立法機関のいずれによって行われるものであっても、子どもの最善の利益が主として考慮されるものとされ(3条1項)、子ども一人ひとりの最善の利益を確保するための手続的権利として、意見表明権が保障されている。すなわち、子どもは「その子どもに影響を及ぼすすべての事項について自由に自己の意見を表明する権利をもち、この意見は、年齢及び成熟度に従って相応に考慮されなければならないのである(12条1項)。

    児童生徒に関わる個々の事件にいかに対処することが当該児童生徒の「最善の利益」に適うかは、個々の事件の性質によって自ずから異なる。たしかに、その中には真に警察の援助を求めるべきものもあるかもしれないが、逆に、警察の介入が逆効果をもたらす場合もある(警察から学校への情報提供についても同様である)。学校も警察も、まずは、事件に最も利害関係のある当該児童生徒の意見を聞く機会を確保し、その意見を最大限に尊重しながら、いかなる対処が子どもの「最善の利益」に適うのかを、ケース・バイ・ケースに判断してゆかなければならないのである。

    しかるに、本協定書(案)は、事件の類型等を基準にして一律に、かつ児童生徒本人へ通知することなく、学校から警察に情報提供することを認めており、上記子どもの権利条約の精神にも反するものといわなければならない。
  2. 警察から学校への情報提供が与える影響

    さらに、本件協定書(案)によれば、警察から学校に対し、児童生徒の逮捕・身柄通告事案等について情報が提供されることになるが、その点でも問題は少なくない。

    児童生徒が非行を犯した場合には、全ての事件が家庭裁判所で審理され(ただし、実質的な例外として「簡易送致」制度がある)、そこで非行事実が認定されれば、少年の更生のために必要な処分が決せられる。その際に重要なのが、少年が立ち直りをはかることのできる環境(社会資源)の確保・整備である。学校は重要な社会資源であり、非行を犯してしまった少年の反省・更生をはかる場として、学校の存在は極めて重要なのである。

    しかし、現実には、児童生徒が非行を犯した事実を学校が知ることとなった場合、当該児童生徒には懲戒処分が下されることが多く、場合によっては、退学処分あるいは自主退学勧告によって学校の場から排除される結果となることも少なくない。

    そこで、家庭裁判所も、あるいは警察でさえも、非行の事実が学校に知られていない場合には、非行を犯した児童生徒の反省・更生の場を失わせることのないよう、敢えてその事実を学校に知らせないという対応が、多くの場合での原則的取扱いとなっているのである。

    しかるに、本件協定書(案)の締結により、児童生徒に関する逮捕・身柄通告等の情報が警察から学校に提供されることになれば、当該児童生徒が、懲戒処分により学校から排除され、反省・更生の場を失ってしまうおそれが増大する。そうなれば、一度でも非行を犯した少年は、社会内での更生が困難となる事態が発生し、ひいては。少年の再非行や成人後の再犯による社会秩序の悪化さえ招きかねない。

    この点について、本件協定書(案)は、児童・生徒への対応に当たっては、この協定の目的を踏まえ、教育効果及び健全育成に配慮した適切な措置を行うよう努めるよう求め(第10条第2号)、県教委の実施要領(案)でも「警察署からの提供情報の内容のみに基づいて、当該児童生徒に懲戒処分が行われることのないよう、十分に配慮し、指導するものとする」(第8条)としているが、このような情報連携が実施されていない現在でさえ、上記のとおり、逮捕等の事実が知られれば当該児童生徒が学校から懲戒処分を受けることが多いことに鑑みれば、実効性のある歯止めとはなり難い。

    なお、本件協定書(案)は、県立の高等学校等を対象としているが、既に指摘したとおり、今後は同様の協定が私立学校についても締結される動きがある。そうなれば、私立学校の場合は、公立学校と比べ、児童生徒に対する懲戒処分が厳しい学校が多いため、ただ一度の非行によってさえ、生徒児童が立ち直りの場を失ってしまう危険性はさらに大きいものといわざるを得ない。
  3. 本件協定書(案)の必要性がないこと

    以上に対し、本件協定書(案)の定める「学校と警察の情報連携」には、様々な問題点がありうることを踏まえても、なお、最近の極めて憂慮すべき少年非行の情勢等に鑑みれば、非行防止や犯罪被害防止のためには、本件協定書(案)のような学校と警察の連携強化が必要なのではないか、という疑問もありえよう。

    しかし、以下に述べるとおり、「非行防止」「犯罪被害防止」の観点からしても、本件協定書(案)の「学校と警察の情報連携」を実施する必要性はない。

    たとえば、県教委は、現実に学校内で解決することが難しい事例として、「暴走族に属する生徒が一般の生徒にカンパを強要している場合で、しかも暴走族の背後に暴力団がいるような事例」を挙げ、「このような事例では、カンパを強要している生徒も被害者の側面があり、学校の指導だけでは解決が困難であり、警察との連携が必要である」としている(2005年1月13日審議会・県保有部会)。

    しかし、そのような事例において、カンパを強要している生徒の問題行動を抜本的に解決するために、背後にいる暴力団との関係にまで切り込んでゆくというのであれば、学校側は、まずは、当該生徒に対し、カンパの強要行為を止めるよう注意・指導したうえで、暴力団との関係を断つことの重要性、そして、そのためには警察の力を借りることの必要性を説明し、当該生徒の同意を得た上で警察に相談すべきである。学校側において、当該生徒・保護者等との懇談を通じてそのような指導を繰り返してもなお、当該生徒が指導に応じない場合に初めて、学校側は教育指導の限界を超えると判断すべきなのである。そして、そのように判断された場合には、現行法制度上も、カンパを強要された被害生徒に対し被害届の提出を促すことができるし、あるいは、ぐ犯少年(犯罪性のある人もしくは不道徳な人と交際し、又はいかがわしい場所に出入している)として家庭裁判所に通告したり(少年法6条1項)、要保護児童として児童相談所に通告する(児童福祉法25条)などして、生徒の要保護性の判断やその解消に関わる専門機関の助力を得ることができる。また、学校長自ら、非行の態様や被害の大きさ等を慎重に考慮しつつ、最終手段として、告発することもできる(刑訴法239条2項)。したがって、このような事例は本件協定書(案)の締結を必要とする理由にはならない。

    また、県教委は、本件協定書(案)が締結されれば、対教師暴力の事案などにおいて、教師が、逮捕につながる被害届を出さなくても学校と警察と協力することが可能である、などとも説明する。

    しかし、教師が被害届を出せば児童生徒の逮捕につながるという、その形式的な運用自体が問題なのであって、学校が、児童生徒が逮捕されないよう配慮しつつ、警察と連携しようとするのであれば、仮に教師が被害届を出す場合でも、学校側から警察に対し、児童生徒の学習権保障の必要性などを十分に説明し、児童生徒を逮捕せずに当該事件を在宅事件として取り扱うよう要請すべきである。他方、警察も、教育の専門機関としての学校側の意向に十分耳を傾けながら、当該事件の処理を遂行して然るべきであり、かつそれは現実に可能なのである。この点も、学校と警察の協力・連携にあたって本件協定書(案)の締結が不可欠だとする理由にはならない。

    他方、「犯罪被害防止」の観点からは、学校と警察の情報連携による効果はそれほど大きくないと思われる。すなわち、警察が犯罪被害を受けるおそれのある者に直接情報を提供するものとしても、学校がこれに該当すれば学校に対しても情報提供できるのであり、「犯罪被害防止」の目的は十分に達成できるから、あえて本件協定書(案)のように学校と警察との情報連携をはかる必要はない。また,学校も児童生徒に犯罪被害が生じるおそれがあれば、当該児童生徒又は保護者に対して警察への相談を促すことが可能であるから、あえて個人情報保護の観点から問題の大きい本件協定書(案)のような情報連携をおこなう必要はない。

    さらに、県教委は、「学校警察連絡制度では,個々の生徒の個人情報を取り扱うことはできないため、本件協定が必要となる」とも説明している(上記同日審議会・県保有部会)。

    しかしながら、そもそも、学校や警察が,その職務上知り得た児童生徒に関する情報に関して連携することは、地方公務員法上の守秘義務の観点からも,また,既に述べた条例の「個人情報の本人外収集・目的外提供の禁止」という観点からも許されない、というのが現行法令の基本的な考え方である。そのような法令等がある以上、本件のように行政機関同士の「協定」が締結されたとしても、法律が定める公務員の守秘義務がそれによって解除されたり、条例が禁止する本人外収集・目的外利用が認められることもないはずである。

    以上のとおり、本件協定書(案)の「非行防止」「犯罪被害防止」という目的は,既存の制度を活用することによって十分に達成できるのであり、県教委の説明を踏まえてもなお、あえて学校と警察とが「児童生徒の個人情報を提供する」という「制度」を作るという形で「連携」をはかる必要性は認められない。さらに言えば、「非行をしない」「犯罪被害に遭わない」ための粘り強い教育活動や、予兆情報に接した警察の迅速な防犯対応などの対応策によってこそ、これらの目的はよりよく達成されるものであろう。

    したがって、地方公務員法上の守秘義務や,条例が禁止する個人情報の本人外収集・目的外提供に抵触するおそれがあり,行政機関による濫用の危険性が高い本件協定書(案)を締結する必要はないというべきである。

 


第4 本件協定の締結が児童福祉に与える影響

 

  1. 児童虐待事案における児童相談所の専門性

    児童虐待について、児童福祉法は、「保護者のない児童又は保護者に監護させることが不適当と認める児童(注:要保護児童)を発見した者は、これを、(中略)福祉事務所若しくは児童相談所に通告しなければならない」(第25条)としており(なお、平成16年11月26日に改正された児童福祉法では、通告先に市町村が付加された。)、児童虐待の防止等に関する法律(以下、「児童虐待防止法」という。)は、「児童虐待を受けたと思われる児童を発見した者は、速やかに、これを、(中略)市町村、都道府県の設置する福祉事務所若しくは児童相談所に通告しなければならない。」(第6条)としている。

    これらは、児童相談所等が児童福祉に関する知見・技術・経験をもって家庭に介入する権限を有する専門機関であることに基づく規定であり、今回の児童福祉法改正(平成16年11月26日成立)においても、この点に変更はない。
  2. 本件協定書(案)の問題点

    (1)これに対し、本協定書(案)によれば、「児童生徒が著しい被害を受けるおそれのある、いじめ、児童虐待に関する事案」について、学校が警察に対して情報を提供することになる。

    しかし、まず、本件協定書(案)が、何故、児童虐待に係る事案について、犯罪行為等や「いじめ」などと同列に規定し、それらと同様に警察への情報提供を制度化するのか、その合理的説明はない(根拠とする文科省通知にも「非行防止」がうたわれているだけで、児童虐待については触れられていない)。上記のとおり、児童虐待に関しては、福祉事務所若しくは児童相談所に情報を集約するのが児童福祉法および児童虐待防止法の趣旨であり、法律上、警察も学校も等しく児童相談所等に通告する義務を負っている。しかるに、本協定書(案)は、これとは全く異なる方向性を持っており、現行の法制度との整合性に多大な疑問がある。

    そもそも、警察が児童虐待に関する情報を学校から収集する目的としては、被害者である子どもの保護と、加害者である虐待者の犯罪捜査のためが考えられるところ、被害者である子どもの保護については、児童福祉法が、児童相談所に行政作用として親の意思に基づかない「一時保護」の権限を認めており(児童福祉法第33条)、保護された子どもは、児童相談所の判断で一時保護所に入所して同所で生活することになっている。これに対して、警察は、保護した子どもが生活する施設を持っていないのであるから、子どもの保護に関して警察が児童相談所と異なる独自の判断をすることは必要で無いばかりか相当でもなく、本協定の目的として被害者である子どもの保護は、必要性も相当性も考え難い。

    次に、虐待者の犯罪捜査は警察が独自の作用として行うものではあるが、そもそも、児童虐待への対応は、単純に虐待を受けている子どもを被害者、虐待している親を加害者として処罰すれば解決するものではないことから、家庭内で行われている児童虐待について、どのような場合に刑事事件として介入が必要かについては、児童福祉の専門家である児童相談所の判断が尊重されるべきである。

    児童虐待は「子どもを愛していない親」だけが確信犯的に起こすものではなく、様々な原因があるとされており、親の精神的未成熟、親の精神疾患・薬物依存、夫婦関係の異常や破綻、転居・転職・失業などによるストレス、経済的貧困、社会的孤立、親自身の被虐待体験などの親側の要因、慢性疾患をかかえている、よく泣く、なだめにくい等の理由による「育てにくい子」「手のかかる子」、などの子ども側の要因、都市化・近代化による核家族化、少子化による育児スキルの獲得機会の減少、などの社会的要因が複雑に絡み合っていると言われている。

    児童虐待への介入は、このような複雑な要因を調査するだけでなく、虐待の再発可能性やその危険性の程度、子どもの意向や心理状態、現在の保護者に代わって家庭的養育が可能な祖父母や離婚した実父(母)などの非親権者などの協力者の有無、なども調査したうえで、その時点において、何がその子どもにとって最善であるかを判断して方針が決められるのである。

    例えば、育児スキルが無いために乳幼児を適切に育てられていないといった場合のネグレクトであれば、直ちに親子分離をしなくても、適切な援助によって養育は可能であるし、子どもが慢性疾患をかかえているため育児負担が大きく、それが原因でつい叩いてしまうといった身体的虐待であれば、子どもを医療機関に受診させると同時に親にはストレスコントロール等の学習をしてもらうことで、虐待が解消することもある。また、DVその他の理由で夫婦関係が破綻している場合に、離婚がきっかけで虐待が解消することも、よく見られるところである。子どもの権利条約前文にも規定されているとおり、全ての子どもにとって、できるだけ家庭的な環境で養育されることが望ましいのであり、児童虐待への介入は、単に親を罰したり親子を分離すれば良いものではない。

    さらに、長期的に見て親子分離が必要な場合であっても、その時点で危機的な状況でなければ、親族や離婚した実父や実母等の非親権者など適切な養育者を見つけ出して説得するなどして、その者に養育を委ねる方が、直ちに親子分離をして施設に入所させるよりも、子どもの福祉に適う場合もある。

    しかし、本件協定書(案)のように、学校が児童虐待に関する個人情報に接した場合に、その情報が学校から直接警察に提供されることになれば、こうした福祉的判断を経ないまま警察権を家庭に介入させることになる結果、たとえば、逮捕等によって子どもが施設に入らなければならなくなったり、在宅での取り調べや罰金等による処分であっても、そのことによって親が以後の児童相談所の介入を拒否したり、親子関係が修復できなくなるといった弊害が考えられ、むしろ事案に応じた柔軟かつ適切な対応を阻害してしまうおそれがある。

    したがって、児童虐待への警察権の介入は、まず第一に被害者である子どもの福祉に適うかどうかの福祉的判断が不可欠であり、そのために現在のような児童相談所中心の法制度がとられているのであるから、学校と警察が福祉機関を介さない直接の情報のやりとりをすべきではなく、その意味において、本件協定書(案)は相当でない。

    (2)加えて、教育現場への影響について述べたのと同様、学校が収集した児童虐待に係る個人情報が警察に提供されるとなれば、児童生徒・保護者が「警察沙汰」をおそれ、児童虐待に係る事実について、教師に相談することを躊躇することが十分に考えられる。

    虐待されている子どもは、虐待されるのは自分が悪いからと考えてしまったり、虐待されていることを話したら家族がどうなってしまうか不安であるため、虐待されている事実をなかなか他人に話そうとしない。こうした心理的困難を乗り越えて、せっかく気心の知れた学校の先生に話してみようと思っても、学校に話した内容が警察に伝わると知ったら、再び躊躇してしまい、学校すらも虐待の事実を把握できなくなって、かえって事態を深刻化させかねない。

    また、逆に、児童生徒が、学校から警察に情報が提供されることを知らなかった場合に、後で自分が話したことが警察に伝わったと知ることによって、児童生徒が「親を犯罪者扱いしてしまった…」と自分を責めてしまう、という事態も十分に予想されるところである。さらに、特に性的虐待の場合には、学校の養護教諭に相談するなどのきっかけで発見されることが少なくないが(その意味で学校の果たす役割は大きい)、児童生徒が虐待を受けている事実を打ち明ける際には、「誰にも言わないで」と前置きして打ち明けられることが多く、こうした情報を、児童生徒本人の了解も得ないまま警察に提供することになれば、どれだけ児童生徒を傷付ける結果になるのかは、容易に想像できるであろう。

    本件協定書(案)が締結された場合、学校の教師は、児童生徒らに対して、協定の内容を事前に説明するのか否か不明であるが、事前に説明したとすれば、学校が児童虐待の発見機関としての役割を大きく減少させる結果になるであろうし、事前に説明しなかったとしたら、後になって児童生徒を傷付ける結果となるのであって、結局、本件協定書(案)が学校における児童虐待の発見・解決に悪影響を及ぼすことは明白である(この点、実施要領(案)第9条第2項は、校長に対して、児童生徒及び保護者に協定の趣旨を周知し、保護者の十分な理解・協力を求めるよう定めているが、果たしてどれだけ徹底されるか疑問が残る)。

    さらに、本件協定書(案)に基づき学校から警察に情報提供されたことを親が知った場合には、自分が加害者(あるいは被疑者)として扱われることから、教育のところで述べた以上に学校と親との信頼関係は完全に破壊され、当該ケースが親子分離に至らず、在宅での支援となった場合に、学校がネットワークの一員として、当該家族の見守り・援助をしていくことは不可能となってしまう。

    (3)以上述べてきたとおり、児童虐待に関する情報は複合的な性格を有するとしてもその中心はあくまで子どもの福祉のための情報であることから、児童相談所等の福祉機関が関与した上でやりとりをすべきものであり、福祉機関を介さない情報の授受を制度化する本件協定書(案)には、大きな問題があると言わざるを得ない。
  3. 本件協定書(案)の必要性がないこと

    これに対して、大阪の岸和田事件等の深刻な児童虐待事案が増加していることから、早期に虐待された子どもを保護するためには、多少の弊害はあっても、やはり学校と警察との情報連携が必要ではないか、との疑問もありえよう。

    しかし、児童虐待の防止・早期発見と介入・援助のためには、警察と学校といった個別機関だけではなく、関係する諸機関全体が情報を共有することこそが必要なのであり、今回の児童福祉法改正(平成16年11月26日成立)によって、かかる趣旨に基づき以下の法制度が整備された。したがって、その意味でも本件協定書(案)は必要性も欠くと言える。

    (1)「要保護児童対策地域協議会」の設置

    まず、要保護児童に関する情報その他要保護児童の適切な保護を図るために必要な情報の交換を行うとともに、要保護児童等に対する支援の内容に関する協議を行うための機関として、市町村が「要保護児童対策地域協議会」を設置することができるとされ(児童福祉法第25条の2)、当該改正部分は平成17年4月1日から施行される。

    協議会の構成員は、法律上は「関係機関、関係団体及び児童の福祉に関連する職務に従事する者その他の関係者」とされ、具体的には定められていないが、児童虐待防止法第5条、第10条等に鑑み、学校も警察も当然に同協議会への参加が想定されている。

    協議会の具体的な運用形態についても法は定めていないが、厚生労働省の説明では、代表者会議、実務者会議、個別ケース会議の三層構造が紹介されており、個別ケース会議で個別の要保護児童等に関する情報交換や支援内容の協議を行うことを念頭に、関係機関に対する協力要請(児童福祉法第25条の3)および協議会の構成員に対する守秘義務(児童福祉法第25条の5)が定められている(以上について、平成16年12月21日付の全国児童福祉主管課長及び児童相談所長会議資料)。

    児童虐待に関して学校が警察に情報を提供する際には、同協議会を用いれば必要かつ相当であり、法律が同様の効果を持つ制度を定めていることからも、協定という法的根拠があいまいな制度を認めるべきではない。

    (2)警察の援助の強化

    また、警察力の介入についても、より積極的に警察の援助を求めるとする方向で改正がなされている。

    従来より、児童の安全の確認、一時保護、立入調査等については、警察の援助を求めることができるとされていたものにつき、さらに、児童相談所長等は、児童の安全の確認及び安全の確保に万全を期する観点から、必要に応じ、適切に、警察署長に対し援助を求めなければならないとされた(同法10条2項)。

    また、警察署長は、援助要請を受けた場合には、児童の生命又は身体の安全を確認し、又は確保するため必要と認めるときは、速やかに、所属の警察官に、職務執行を援助するために警職法その他の法令の定める措置を講じさせるよう努めなければならない(同3項)とも規定された。

    このように、児童相談所と警察の強い連携が、法律上明記されるに至っているのである。したがって、「著しい被害を受けるおそれのある児童虐待の事案」について学校と警察との直接の連携を定める本件協定書(案)は、全く不要というべきである。

 

 

第5 まとめ


私たちも、本件協定書(案)がめざす「非行防止」「犯罪被害防止」「健全育成」というその「理念」自体は。それぞれ正当なものと考える。


しかし、既に述べてきたように、県教委と県警が本件協定書(案)を締結し、学校と警察との間で児童生徒に関する個人情報の提供を制度化する、ということに対しては、個人情報保護の観点から見たとき、その「目的」が明確ではなく、「手段」として目的を達成するために必要かつ最小限の範囲を超えており、深刻な人権侵害を引き起こしかねないおそれがあることを指摘せざるを得ない。さらには、本件協定の締結が教育・児童福祉に与える悪影響についても、看過できないものがある。


したがって、「意見の趣旨」記載のとおり、意見するものである。


2005年(平成17年)3月11日

横浜弁護士会
会長  高橋 理一郎

 
 
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